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グローバル企業に求められる国際条約レベルのハラスメント対応

2020年1月14日更新

グローバル企業に求められる国際条約レベルのハラスメント対応

グローバル市場で活躍する企業と経営者には、日本の「パワーハラスメント防止法」はもちろん、「ILO暴力・ハラスメント禁止条約」への対応が求められます。ILO条約の内容を紐解きながら国際基準への対応について解説します。

 

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「ILO暴力・ハラスメント禁止条約」が可決

日本の国会で「パワーハラスメント防止法」が可決・成立したのは昨年(2019年)の5月29日でした。同じころスイス・ジュネーブでは、国連の国際労働機関(ILO)において、「ILO暴力・ハラスメント禁止条約(第190号)」が議論されており、条約案は6月21日の総会で可決されました。内訳は賛成439票、反対7票、棄権30票。参考:(ILO駐日事務所のホームページ「2019年の暴力とハラスメント条約(第190号)」)

日本は政府代表と労働者代表(連合)が賛成、使用者代表(経団連)は棄権でした。経団連が棄権した理由は、ハラスメントなのか指導なのかの判断が難しいからだとメディアの取材に答えています(朝日新聞デジタル6月25日ほか)。国際条約なので、国会での承認がないと批准とはなりません。今後国会の場でどうなるのか、はなはだ不透明です。

 

ILO暴力・ハラスメント禁止条約と日本のパワーハラスメント防止法の違い

「ILO暴力・ハラスメント禁止条約」は、日本の「パワーハラスメント防止法」とどのように違っているのでしょうか。

パワーハラスメントはハラスメントの一部のため、包括的にハラスメントを対象とするILO条約と日本のパワハラ防止法を同じレベルで比較することはちょっと無理がありますが、ILO条約のほうが厳しい内容になっていることは明らかです。

 

パワハラ防止法とILO条約の比較

ILO条約では、暴力とハラスメント行為を法的に禁止すると明記し、各国の国内法で罰則を設け、制裁を行うとしています。日本のパワハラ防止法には、そのようなものはありません。また法の適用範囲として、当該企業の雇い主と労働者に加えて、取引先や顧客、就職志願者、ボランティアにまで範囲を広げています。日本のパワハラ防止法では、そこまでの広がりはありません。

さらに、ILO条約の前文を読むと、この条約は「世界人権宣言」の文脈上に位置する条約であり、「仕事の世界における暴力とハラスメントは人権侵害または虐待の一形態であり得ること、 また機会均等に対する脅威であり、容認できず……」という記述があります。つまり、国際労働基準であると同時に、「ビジネスのあらゆる場面においても人権は守られなくてはならない」とする国際人権条約でもあることがわかります。

 

グローバル企業に求められるILO条約レベルの対応

本サイトで何度も指摘してきたように、日本のパワハラ防止法は、企業に防止の措置を義務付けることが目的で、罰則のない緩い法律です。したがって、日本と同じような感覚で外国での事業運営にあたっていると、現地で重大な紛争を引き起こしかねません。

すでにヨーロッパを中心にハラスメント行為を国内法で禁じ、罰則を設けている国が多く存在しています。なかでもフランスは厳しく、職場でのモラルハラスメント(日本のパワーハラスメントにきわめて近いハラスメントの概念)を法律で禁止し、違反者および違反事業主には最大で3万ユーロ(日本円で約360万円)の罰金または2年間の禁固刑を科しています。

 

日本企業が米国で起こしたハラスメント事件の教訓

覚えている方も多いかと思いますが、こんな事件がありました。

バブル崩壊以降、円高の影響もあり、多くの日本企業(特に製造業)がこれからはグローバルの時代だとばかりに、こぞって海外進出を進めました。大手自動車メーカーのA社もその流れで、米国に進出したのですが、1992年~93年にかけて、複数の日本人社員が現地社員に対してセクハラ行為を行ったとして、会社の人事部や現地法人の代表に対して抗議の動きがありました。さらに、会社側が適切な対応を怠ったとして労働紛争となり、1996年米国政府機関である雇用機会均等委員会 (EEOC) はA社に対し、公民権法違反として27人の女性に950万ドルの和解金の支払いを命じました。この事件はそれだけでは終わらず、最終的には女性従業員289人がセクハラの対象になっていたとして、総計3,400万ドル(当時の円換算で約48億円、一人当たり1,660万円)を支払うことになりました。

この事件は現地でも大きく報じられたため、不買運動に発展してA社は大きな打撃を受けました。米国ではジャパンバッシングのような事件がたびたび起きていたので、この事件もそのような文脈でプレミアがついたと見る人もいましたが、米国民主主義の証とも言える公民権法(人種差別撤廃ための人権法の一つ)を持ち出されては、誰も抗弁できなかったのです。

ちなみに、セクハラ行為者が必ず言うところの「ちょっと体に触れただけ……」「冗談でからかっただけなのに……」という幼稚で的外れな言いわけが、このときもなされていたことを、筆者は鮮明に記憶しています。

先述のILO条約が採択されたことで、ハラスメントに対する企業の対応を見る目は世界各国で一段と厳しいものになります。「ビジネスのあらゆる場面においても人権は守られなくてはならない」という国際基準(グローバルスタンダード)の重みを理解できない企業と経営者は、グローバル市場で活躍することができないでしょう。

 

これからはESG投資の時代

当サイトでは、昨年(2019年)のパワハラ防止法の成立に関連して、人事部がどのように対応するべきかについて私の意見を述べてきました。

そのなかで、日本では、ハラスメントが人権侵害であるという本質になぜかあまり触れないまま、個々にハラスメントを定義し、個々に法制化するという煩雑な手続きが繰り返されてきました。

セクシュアルハラスメント防止法は2007年の男女雇用機会均等法の改正で、マタニティハラスメント防止法は2017年の男女雇用機会均等法の改正で、育児・介護休業等ハラスメント防止法は2017年の育児・介護休業法の改正で、今般のパワハラ防止法は2019年の労働施策総合推進法の改正でという具合でした。

しかし、これらは国際基準からみるとかなり遅れていて、いわばガラパゴス的発展に明け暮れてきた感があります。

これに関連して、昨年(2019年)12月16日、世界経済フォーラム(WEF)が、各国の男女の不平等状況を分析した「世界ジェンダー・ギャップ報告書(Global Gender Gap Report)2020」を発表しました。日本は153カ国中121位で過去最低、中国や韓国よりも低位でした。まさかと思って内容を調べてみると、政治家・経営管理職、教授・専門職、労働所得で男女間に差が大きく、いずれも世界ランクで100位以下でした。

また、昨年12月15日に閉会した第25回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP25)に際し、日本は地球温暖化対策に消極的と見られた国が選ばれる不名誉賞の「化石賞」を国際環境NGOから贈られました。1997年12月に京都市で開かれた第3回気候変動枠組条約締約国会議(地球温暖化防止京都会議、いわゆるCOP3)のころ、日本は省エネ・低炭素化技術で世界的なリーダーシップを発揮していて各国から熱い期待を集めていたことを思い出すと、現在の日本の政治と産業界の低迷ぶりに寒気を覚えます。

すでに数年前から世界の有力投資家は目先の利益ではなく、ESG投資に舵を切っていると言われます。ESGとは、Environment(環境)、Social(社会)、Governance(ガバナンス)のことですが、このSocial(社会)の中に「差別やハラスメントのない労働環境の実現」が中心的な課題として位置づけられています。多くの日本企業にとっては、まだクリアできていない大きな課題であることを強調しておきたいと思います。

 

今回で9回にわたる連載を終了いたします。思いのほか多数の方にお読みいただきましたこと、まことにありがたく、心から御礼申し上げます。

 


 

【星野邦夫氏の連載記事はこちら】

第1回 パワーハラスメント防止法が成立~法制化で 何が変わるのか?

第2回 「パワハラ防止法」施行前に人事部が取り組むべき課題は?

第3回 パワハラ判断、上司の「職務権限の遂行」と部下の「人権の尊重」はどちらが優先?

第4回 チェック表で点数化~パワーハラスメントを評価するポイント

第5回 ケーススタディ~営業所長のパワハラレベルを判定する

第6回 パワハラ防止のマネジメント―予防的対策のポイントとは?

第7回 パワハラ相談窓口の役割は? 対応のポイントは?

第8回 パワハラは企業と従業員にどんな損害をもたらすのか?

 

 

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星野邦夫(ほしの・くにお)

慶應義塾大学文学部卒。帝人株式会社で初代の企業倫理統括マネージャー。2007年度内閣府「民間企業における公益通報者保護制度その他法令遵守制度の整備推進に関する研究会」委員。2009年より一般社団法人経営倫理実践研究センターで「ハラスメント研究会」を主宰。「パワーハラスメント防止」や「会社員の個人不祥事防止」などをテーマに、企業・団体向け研修を多数実施している。一般社団法人経営倫理実践研究センター上席研究員。

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