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パワハラは企業と従業員にどんな損害をもたらすのか?

パワハラは企業と従業員にどんな損害をもたらすのか?

(2019年12月23日更新)

 
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パワーハラスメントは、企業と従業員にどんな損害をもたらすのか、あらためて考えてみましょう。筆者は、主に、健康被害、ガバナンス・内部統制の脆弱化、生産性の低下、そして会社のレピュテーションの低下の4つと考えます。

 

ガバナンス・内部統制の脆弱化の事例

 

パワハラ被害

 

上の表の①「健康被害」についてはあとで触れるとして、②「ガバナンス・内部統制の脆弱化」はちょっと難しい表現になっていますが、要は、パワーハラスメントが横行すると「業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動(パワハラ定義の3要件の1つ)」がまかり通ることになり、その結果、社内ルールの違反や脱法行為が頻発し、企業不祥事の引き金になることです。

事例をみればよくわかります。例えば、数年前に発覚した大手電機メーカーによる不適切会計事件に際し、第三者調査委員会は報告書で、経営最高責任者(社長)の責任の重大さを指摘するとともに、「多くの部署でパワーハラスメントが横行しており、部下が上司に対して異なる意見や疑問を言えるような組織風土を欠いていた」という趣旨のことを記述しています。

また、「不正融資1兆円」と言われて記憶に新しい地方銀行の事件に関し、2018年9月7日に公表された調査報告書でも、一部役員による様々な不正と無謀なノルマ、それを力づくで遂行させようとするパワハラ言動が混然として進行して、事業部全体にまで蔓延していったことがうかがわれます。

いかに悲惨な状況であったか、報告の一部を抜粋して紹介しましょう。

 

◆社内アンケートの設問89に対する回答より(報告書173ページ)

・過度な営業目標があり、目標は必達であり、達成出来ていない社員には恫喝してもよいという文化があります。

・7%超の無担保ローンを月に10億実行しろ、との目標は過大であると思いませんか?

・「なぜできないんだ。案件を取れるまで帰ってくるな」といわれる。首を掴まれ壁に押し当てられ、 顔の横の壁を殴った。

・数字ができないなら、ビルから飛び降りろといわれた。

 

もともと大部分の行員は高度な教育を受け、普通の常識も人間性も備えていたはずです。しかし、人を人として見ない異様なモンスターが出現することによってガバナンスが失われ、不正とパワハラが横行する職場にもろくも変質していったのがわかります。

 

従業員の健康被害が最大の損害

上記表の②「ガバナンス・内部統制の脆弱化」に関して、この地方銀行のケースは、過大なノルマとパワハラの横行が会社を経営破綻寸前にまで追い込んだというやや極端な例かもしれません。

パワハラの損害について、一般的には、①の「健康被害」こそが最大の損害と言えるでしょう。なぜならパワーハラスメントを受けたことをきっかけに、社員が精神障害を引き起こすケースは、今日どんな一流企業でも抱えている普遍的な現象だからです。

そのような事態になると、当然のことながら、③のように「生産性の低下」をもたらし、さらに裁判で会社の管理責任に非があったと判決された場合、メディアに報道されて、④のように「会社のレピュテーション(評判、評価)」を大きく損ないかねません。

なかには、部下が上司のパワハラを理由に上司個人を相手取って起こした民事裁判で、会社は被告になっていないにもかかわらず、判例集に「○○会社上司パワハラ事件」などと書かれてしまう場合もあります。有名大企業は、企業リスクとして特に注意しなければなりません。

 

労災適用の精神障害の約3割はハラスメントが原因?

ここに注目すべきデータがあります。

筆者は、毎年6月末に厚生労働省が発表する『精神障害に関する事案の労災補償状況』に注目してきました。

 

労災適用の精神障害

(『精神障害等の労災補償状況』をもとに筆者作図)

 

2018年度(平成30年度)には、精神障害と認定された労災保険適用件数が465件あり、そのうち、事由がセクシュアルハラスメントが33件、パワーハラスメントが97件、ハラスメント合計で130件、比率では28%となりました。

厚労省の資料では、セクシュアルハラスメントという項目はありますが、パワーハラスメントという項目はありません。そもそも「パワーハラスメント」という言葉は、この統計を取り始めたころには存在しなかったためです。

そこで筆者は、資料の項目にある「ひどいいじめ・嫌がらせ」「違法行為の強要」「達成困難なノルマ」「退職の強要」「上司とのトラブル」「非正規社員という理由での差別」の6項目を合わせ、これらをパワーハラスメントと言えそうなものとして合算しました。こうしてみると、驚くべきことですが、労災適用の精神障害の約3割がハラスメントによって起きていることになります。

 

パワハラ判断より、相談者の健康・安全の確保を優先しよう

筆者は当サイトで、パワハラ防止法の施行を前に、人事部として何をしておくべきか、あるいは何から手を付けるべきかについて提案してきました。そのなかで、多くの会社がパワハラかどうかを判断する自社基準をまだ持ち合わせてないことに関して、筆者提案の「パワハラチェック表」を活用してはいかがでしょうかとお薦めしてきました。

たまたま、2019年11月20日、厚生労働省労働政策審議会分科会において、パワーハラスメント防止のための「指針」の内容が示され、了承されました。しかし残念ながら、指針として公的に明文化された「判断基準」までは示されませんでした。かわりにパワハラの6類型に関し、パワハラな場合、パワハラではない場合を事例で示す方法がとられました。「個別事情を考慮しないと判断できない」とする意見が優勢だったように見えます。

このため、厚労省のホームページ『明るい職場応援団』を見ると、パワハラであるかそうでないかの二者択一的な議論がなおも多いように見えます。しかし、パワハラかどうかの判断よりも優先すべきは、社員の健康・安全の確保です。今般、厚労省の「判断基準」が出なかったことで、「パワハラチェック表」は依然として使えるツールになりそうです。

 

※パワハラチェック表は、当サイト過去記事「チェック表で点数化~パワーハラスメントを評価するポイント」でご確認ください。

 

「パワハラチェック表」を使って対応する

例えば「調査の結果、行為者である上司に特段のパワハラ行為はなかった。しかし、相談者はプレッシャーを強く感じた結果、精神的にそうとう弱っている」という、判断に悩むようなケースでも、パワハラチェック表を使えば、2点±α、つまりレベルⅡの「不適切なところはあるがパワハラとまでは言えないレベル」と判断できます。同時に、会社の取るべき対応として、行為者には不適切部分の改善・指導、相談者には健康回復のためのフォローが必要と出ます。

前にも触れましたが、行為の適正と影響の適正とは切り離して扱うべきことです。そこで、自社のメンタルヘルスサポート体制の点検と再構築が望まれます。

また、そのような体制が不十分な会社は、信頼できる社外の相談機関を社員が利用できるように、情報として積極的に啓発しておくことをお薦めします。

厚生労働省が運営しているポータルサイト『こころの耳』は、一人で悩む社員に対してでも有効な手掛かりを提供してくれるものと思います。

 

次回は最終回の予定です。グローバル企業は、国内法「パワーハラスメント防止法」より高いレベルでの実践が要求されていることについてお伝えします。

 

 

コンプライアンス教材

 


 

星野邦夫(ほしの・くにお)

慶應義塾大学文学部卒。帝人株式会社で初代の企業倫理統括マネージャー。2007年度内閣府「民間企業における公益通報者保護制度その他法令遵守制度の整備推進に関する研究会」委員。2009年より一般社団法人経営倫理実践研究センターで「ハラスメント研究会」を主宰。「パワーハラスメント防止」や「会社員の個人不祥事防止」などをテーマに、企業・団体向け研修を多数実施している。一般社団法人経営倫理実践研究センター上席研究員。


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