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パワハラ判断、上司の「職務権限の遂行」と部下の「人権の尊重」はどちらが優先?

パワハラ判断、上司の「職務権限の遂行」と部下の「人権の尊重」はどちらが優先?

(2019年10月 2日更新)

 
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パワハラ行為者(上司)の多くは、自らの行為を正当化して「職務権限の遂行だ」と主張しますが、一方、パワハラを受けたと言う人(部下)は「人権侵害だ」と主張します。企業の判断では、どちらが優先されるのでしょうか?

 

*  *  *

 

前回は「就業規則の見直し又は改定について」お話ししました。その中で「ハラスメントに共通する本質は、不当に他人の人格と尊厳(名誉)を傷つける行為であり、人権侵害の一つである」ということにふれました。

今回はそこに焦点をあてて、「職務権限の遂行」と「人権の尊重」の関係について考えてみましょう。

 

「職務権限の遂行」はコーポレートガバナンスの源泉

パワハラ行為者の多くは、自らの行為を正当化して「職務権限の遂行だ」と主張する一方、パワハラを受けたと言う人は「人権侵害だ」と主張します。

確かに「職務権限の遂行」と「人権の尊重」はそれぞれ、拠(よ)って立つ論拠があります。

まず、会社は就業規則の中で、いわゆる「誠実労働義務」を定めています。厚労省労働基準局監督課が発行した平成31年版モデル就業規則の中でも、「労働者は、職務上の責任を自覚し、誠実に職務を遂行するとともに、会社の指示命令に従い、職務能率の向上及び職場秩序の維持に努めなければならない」とあります。

上司が部下に対し、会社としての指示命令をすることは「職務権限の遂行」であり、全く正当な行為です。「職務権限の遂行」はコーポレートガバナンス(企業統治)の源泉でもあるので、逆に「職務権限の遂行」を怠れば、職務怠慢として懲戒される場合もあります。

一方で、ほとんどの大企業は今日、自社の行動基準(または行動規範、コンプライアンス憲章等)を定めており、その中で「人権の尊重」を明記しています。

「ビジネスのあらゆる段階で人権は守られなくてはならない」とする考え方は、現在ではグローバルスタンダードであり、ソフトロー(法的な拘束力のない社会的規範)にもなっています。(※1)

しかし、「職務権限の遂行」と「人権の尊重」の関係性について、企業の中で正しく教えられているかと言うとどうでしょうか。就業規則は人事部の主管、行動基準はコンプライアンス部やCSR推進部の主管ということもあって、両者の関係性にまで立ち入った教育はあまりなされてないように見えます。

 

「人権の尊重」はグローバルスタンダード

行動基準の策定は、1990年代後半から一部の先進企業の自主的な動きとして始まりました。それまで頻発していた企業不祥事の再発防止という社会的要請を踏まえたもので、大企業を中心にコンプライアンス推進運動が起こり、その一環としてそれぞれ自社の行動基準を策定しました。その後2000年代に入り、CSR(企業の社会的責任)推進運動が世界的に広がり、2010年11月1日に発行されたISO26000で、組織の「社会的責任」は国際規格になりました。一連の動きの中で、行動基準は個々の会社のコンプライアンスに加えて、CSR上の基準を盛り込んだものになっています。

通常、行動基準では、会社または社員の社会的責任が10数項目にわたって明記されていますが、なかでも「人権の尊重」という項目は、2000年以前の日本のビジネス界ではほとんど取り上げられなかった項目でした。

ちなみに、企業の行動基準のひな型として大企業に大きな影響を与えてきた『経団連 企業行動憲章』の中に、「人権の尊重」が初めて記載されたのは2010年の改訂時です。それも、「グローバル企業は事業展開国での人権に配慮しなくてはならない」という文脈で書かれており、国内の社員の人権はあまり強く意識されていなかったといえます。(※2)

人権とは、きわめて広範囲でかつ深淵な概念で、「具体的に何かを正確に言え」と言われると、誰もが困ってしまいます。しかし、「人格と尊厳を不当に傷つける言動は人権侵害の一つである」ということに異を唱える人はいないでしょう。

そこで、ハラスメントこそ人格と尊厳を不当に傷つける言動ということで、行動基準の「人権の尊重」の項の中に、セクシュアルハラスメントの禁止、パワーハラスメントの禁止、その他のハラスメントの禁止を盛り込むのが大企業のスタンダードとなっています。しかも、行動基準の主管部署はコンプライアンス部やCSR推進部であって、規律違反の社員を懲戒する権限を持つ人事部ではありません。

 

クイズ:「職務権限の遂行」と「人権の尊重」、どちらが上か?

ここで「職務権限の遂行」と「人権の尊重」とどちらが上か、というクイズにお付き合いください。筆者は、企業のハラスメント防止研修でよくこのクイズを出します。

ある人は「それは人権でしょう。なぜなら憲法にあるから」と言います。またある人は、「誠実労働義務というのは就業規則に明記された会社と社員の民事契約なので、『職務権限の遂行』が上でしょう。憲法は国の理想像を言っているのであって曖昧なものです」と言います。

そこで、ディスカッションをしてもらうと、だいたい10分でこのクイズが愚問であることに気が付きます。「それはコストと品質の関係と同じじゃないですか。どちらが上と言うことではなく、どちらもと言うことでしょう」と。

その通りです。企業経営には多くのジレンマがあって当たり前なのです。例えばコストと品質、納期と品質、利益と投資などいくらでも出てきます。企業は様々なジレンマを呑み込みながら、持続可能な経営をしてきたから今があるわけです。

 

「職務権限の遂行」と「人権の尊重」の両立とは?

「職務権限の遂行」と「人権の尊重」はどちらも大切です。どちらが上かではなく、「職務権限の遂行」と「人権の尊重」を両立させると考えるのがよいでしょう。

では、両立させるとはどういうことでしょうか。

 

「職務権限の遂行」において人権侵害があってはならない。つまり、職務権限の遂行においては人格と尊厳を傷つけない配慮が必要です。

「人権の尊重」は大切だが、それによって「職務権限の遂行」がおろそかになってはならない。つまり、上司は嫌われても命令しなくてはならないことがあるし、部下は、命令が合理性を欠いてないかぎり、業務命令には従わなくてはならなりません(もっと良い解決策があればまた別ですが)。

 

そうです。落としどころはここです。図に示すと以下のようになります。

 

職務権限の遂行と人権の尊重

ここで、パワーハラスメントの法律上の定義を思い出してください。

 

「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されること」(労働施策総合推進法第30条の2より。下線は筆者)

 

「業務上必要かつ相当な範囲」とは、人権との関係で言えば、上図の重なり合っている部分でもあるわけです。次回に続きます。

 

※1 ビジネスと人権に関する指導原則:国際連合「保護、尊重及び救済」枠組実施のために(A/HRC/17/31)(2011年03月21日)

 

※2 日本経団連 企業行動憲章(2010-09-14):8条 事業活動のグローバル化に対応し、各国・地域の法律の遵守、人権を含む各種の国際規範の尊重はもとより、文化や慣習、ステークホルダーの関心に配慮した経営を行い、当該国・地域の経済社会の発展に貢献する。

 

 

 

コンプライアンス教材

 


 

星野邦夫(ほしの・くにお)

慶應義塾大学文学部卒。帝人株式会社で初代の企業倫理統括マネージャー。2007年度内閣府「民間企業における公益通報者保護制度その他法令遵守制度の整備推進に関する研究会」委員。2009年より一般社団法人経営倫理実践研究センターで「ハラスメント研究会」を主宰。「パワーハラスメント防止」や「会社員の個人不祥事防止」などをテーマに、企業・団体向け研修を多数実施している。一般社団法人経営倫理実践研究センター上席研究員


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