失敗から学ぶ「1on1」の成功法~中原淳
2020年12月 1日更新
イーコマース事業等を手がける超有名企業が導入し、成果を出したことで、ここ数年急速に「1on1」が広まっています。そこで起こり得る失敗や誤解からの学びを通して、「1on1」を成功させる方法を考えていきましょう。
本稿は、2020年10月19日開催「中原淳氏特別セミナー 1on1の失敗学~なぜうまくいかないのか」第一部・基調講演の内容をもとに作成しました。動画でもご紹介しています。
「1on1」とは何か
「1on1」とは「上司と部下との短い面談」のことです。隔週あるいは1カ月に1回くらい、1回につき15~30分程度で行われるのが一般的でしょう。面談を通して部下の成長を支援するのが主目的であり、「部下が話したいことを話す」「日々の業務を振り返る」「進捗状況の報告にとどまらない」といった点が重視されます。
上司による「1on1」の4つのステップ
上司の側から見て、通常「1on1」は次の4つのステップで進めることが推奨されています。
1)握る
上司から部下への問いかけによって、その日のミーティングで話したい内容を決める。
2)聴く
その日のテーマに対して適宜質問をして、部下の「振り返り」をうながす。
3)行動づくり
今後どうすればいいかなど、次の行動につながるような問いかけを行う。
4)ねぎらう
本音で話してくれたことに感謝し、承認することを通して部下をねぎらう。
「1on1」の失敗例
部下の育成効果、業務への波及効果が高いことから注目され、「1on1」は近年広く普及しつつあります。ところが普及が進むにつれ、次に示すような「むごい1on1」も増えているようです。これではせっかく始めた「1on1」が機能しないどころか、かえって苦痛の種になってしまうでしょう。
1)説教2時間コース
上司が部下に対して長々と説教をしてしまう。
2)なぞなぞ問答
上司が部下に質問をし続け、どう答えてもほとんど否定されてしまう。
3)へーほーはーふーん問答
上司が話を聴くことに徹し過ぎて、「へー」「ほー」「はー」「ふーん」しかいわない。
「MAOモデル」で上司の取り組み方を確認
上司の側から見た「1on1」の取り組み方について、「MAOモデル」を使って検討していきましょう。「MAO」とは、「Motivation(動機・目的や意義の理解)」「Ability(能力・スキル)」「Opportunity(実践する機会)」の頭文字を表します。それぞれ以下の要素をしっかりと取り入れ、「1on1」の質を高めていくことが重要です。
1)Motivation
・経営者が「1on1」の意義や重要性を管理者に繰り返し語る。
・管理者の評価項目に「部下の育成」を加える。
・複数の関係者で1人を評価する「360度評価」などを活用し、実施状況や部下との関係性などを「見える化」する。
2)Ability
・人事部門が「1on1」に関する研修の機会を提供する。
・人事部門が「1on1」で使用するテンプレートなどを提供する。
・人事部門が「1on1」の実施事例・映像資料などを提供する。
3)Opportunity
・「1on1」の研修でロールプレイングなどの機会を提供する。
・フォローアップ研修を行って、「学び直しの機会」を提供する。
・「1on1」を実施するための時間を提供する。
「1on1」に関する3つの誤解
さらに議論を深めていきましょう。「1on1」が失敗する原因として、そもそも「1on1」に対する誤解が広まっている面があると私は考えています。典型的な誤解を3つご紹介します。
〈誤解その1〉成功するかどうかは上司の問いかけ次第である
「1on1」とは「部下が話したいことを話す時間」であり、部下の側に話したいことがなければ面談は成り立ちません。ただ上司がうまく問いかければいいというわけではなく、「事前に」部下が自分の経験を振り返り、ミーティングで何を話したいのかを決めておくことが非常に重要です。
〈誤解その2〉要するに「面談」である
「1on1」は、その場の面談だけで終わらせるべきではありません。上記の「事前の振り返り(=経験学習)」や「ミーティング本番での中身のあるやり取り」、さらに「事後、何をやるべきかを部下自身が決断し、学んだことを実践する」という一連のプロセス全体を重視することで、「1on1」の質を高めていくことができるのです。
〈誤解その3〉直接面談もリモート面談も同じである
コロナ禍の影響で在宅勤務が増えたことで、「1on1」もビデオ通話を使ったリモート面談で行われることが多くなっています。会社のミーティングルームとは異なり、「静かな環境からアクセスする」「イヤホンやマイクを準備する」「ソフトウエアを確実に使えるようにしておく」「事前に接続テストを行う」といった技術的な工夫が必要です。また在宅勤務で部下の動きが見えないため、上司は通常よりも「聴くパート」を増やし、どんな仕事をしているかを正確に把握するよう努めることも大切です。
部下にとっての「MAOモデル」を考える
より充実した意味のある「1on1」を行っていくために、部下への支援や部下自身の取り組み方について、「MAOモデル」を使って検討しておきましょう。
1)Motivation
・「1on1」の意義が部下の肚に落ちるように、経営者や上司からしっかりと伝える。
・「1on1」の研修を実施し、実施事例や映像資料を部下に示す。
・上記の「事前の準備」と「事後の実践」が重要であることを部下に理解してもらう。
2)Ability
・業務を振り返る習慣をつける。
・「1on1」を行ったあと、部下がリマインドする機会を設ける。
3)Opportunity
・「1on1」を行う前に、何を話したいかを決めておく。・「1on1」を行ったあと、実践していく心構えができている。
理想の「1on1」へ
「1on1」を行う限りは、上司と部下との会話がしっかりと噛み合うようにしなければなりません。そのためにも上司は知識やスキルを身につけ、部下に対して自分の言葉で「1on1」について説明できるようになる必要があります。部下の側も、事前に経験を振り返って下準備を行い、事後にアクションを起こしていくことが不可欠です。こうした努力を通じて「やらされ感」をなくしていくことで、「1on1」はより大きな成果を表していくでしょう。
中原 淳(なかはら じゅん)
立教大学経営学部教授・博士 立教大学大学院リーダーシップ開発コース主査
1975年、北海道旭川市に生まれる。東京大学教育学部を卒業後、大阪大学大学院人間科学研究科修士課程修了。同大学大学院人間科学研究科博士課程中途退学。文部科学省大学共同利用機関メディア教育開発センター助手を経て、大阪大学から博士号(人間科学)を取得。その後マサチューセッツ工科大学客員研究員、東京大学大学総合研究センター講師・助教授・准教授などを務める(東京大学大学院学際情報学府准教授も兼任)。2017~2019年まで立教大学経営学部ビジネスリーダープログラム主査、2018年から立教大学教授に就任。「大人の学びを科学する」をテーマに、企業や組織における人材開発・組織開発について研究している。単著に『職場学習論』『経営学習論』など、共著に『ダイアローグ』『組織開発の探究』など、多数の著書・編著・監修がある。