あなたのフィードバックは部下を成長させていますか~中原 淳
2022年10月 6日更新
部下育成に高い効果を発揮する「フィードバック」。言葉は知っていても、具体的な方法や気をつけるポイントを理解できていない方も多いのではないだろうか。ベストセラー『フィードバック入門』(PHPビジネス新書)の著者で、人材開発用の法人向けDVDの監修も行なっている、立教大学教授の中原淳氏に、フィードバックの効果的な実践方法を聞いた。
中原 淳 Jun Nakahara
立教大学経営学部教授
1975年、北海道生まれ。98年、東京大学教育学部卒業後、大阪大学大学院、マサチューセッツ工科大学客員研究員、東京大学准教授などを経て、2018年に立教大学経営学部教授となる。企業・組織における人材開発・リーダーシップを中心に研究活動を行なっている。最新刊に『話し合いの作法』(PHPビジネス新書)がある。
誰もが陥ってしまうフィードバックの落とし穴
ビジネスパーソンの方なら、「フィードバック」という言葉はすでにご存じかもしれません。しかし、その意味を正確に把握できているよ、という方はそう多くない印象を持ちます。
人材開発の世界では、フィードバックは最も効果の高い育成方法とされ、そのエビデンスも数々の研究を通して明らかになっています。
しかし企業ではまだ理解が不足している部分も多く、「指摘すること」「ダメだしすること」「評価結果を通知すること」との混同も見られます。そこでまず、「フィードバックとは何か」からご説明しましょう。
フィードバックは、二つの要素で構成されます。一つ目は「情報通知」。相手に「あなたはこういう行動を取っていますが、それは、〜のように見えますよ」と伝えるモード。ポジティブであっても、ネガティブであっても構いません。両方必要です。
このときよくある落とし穴が、現状通知だけして、あとは放置すること。もし内容がネガティブなものなら、ダメージを与えるだけで終わってしまいます。
そこで必要なのが第2の要素、「立て直し」。相手が成長できるように、目標設定につきあい、解決策を一緒に考えてあげることですね。 相手の考えを聴きつつ解決策を話し合う、つまり成長に寄り添うモード。フィードバックは、決して「指摘だけ」で終えてはならないのです。
能力が高い人ほど「自己認識力」が高い
また、フィードバックは、受け手の「セルフアウェアネス(自己認識)」を高めます。
「自分が思う自分」と、「他者が見る自分」の間には、たいていズレがあり、それを放置すると、思い込みや独りよがりが生じます。逆に、ズレを是正すれば自己認識力は高まり、パフォーマンスも向上します。
ある研究では、「有能なビジネスパーソンは自らフィードバックを求める傾向が強い」という結果が出ています。成果を出す人ほど、他者という「鏡」を通して自己分析を行なうのです。
もちろん全員がそうではありませんから、部下を育てる立場の人は、積極的に自分が鏡になることが必要です。
フィードバックの重要性は、今後ますます上がるでしょう。その理由はまず、若手にフィードバックを求める傾向が強まっているから。 旧来の「背中で見せる」育成法では、彼らのモチベーションは瞬く間に落ちてしまいます。適切なフィードバックが若手の仕事への意欲を高める有効な手段になります。
ハラスメントの防止にも役立ちます。不適切な言葉がけを録音される→公開される→会社の評判が地に落ちる、という危険を防ぐ方策としても、フィードバックのスキルが有用です。
また、目標管理の精度アップにも欠かせません。半期ごとなど、スパンの長い目標設定は得てして形骸化しがちですが、頻度の高いフィードバックによって随時、目標の確認・ブラッシュアップをすることも可能になり、変化に迅速に対応できる組織を目指せます。
明日からすぐに使えるフィードバックの「型」
フィードバックには「適切な言葉」をかけることが必要です。しかし、かける言葉の内容が良くても、表現が悪くて効果が出ない、というのもよくある落とし穴です。
これを回避するために、フィードバックの「4つのステップ」を知っておきましょう。
すなわち、(1)場の設定、(2)事実通知、(3)腹落とし対話、(4)行動計画+期待通知です。
(1)場の設定 は、1on1などの場を設け、信頼感を構築するステップ。渋面でふんぞり返っているような上司は、出だしから失敗するので要注意です(笑)。
(2)事実通知 で伝えるのは「SBI情報」。S=シチュエーション(状況)・B=ビヘイビア(行動)・I=インパクト(結果)です。
「あのとき(S)の、あなたの行動(B)なんだけど、○○のように私には見えたんだよね。それが〇〇(I)につながっているように思えるけど、どう思う?」というふうに、事実を具体的かつ明確に知らせましょう。
「私には○○に見えた」という表現も大事なポイント。「○○だ」と決めつけるのではなく、あくまでIメッセージで伝えるのがコツです。
なお、内容は「叱る」より「褒める」比率を高めにしましょう。ポジティブなフィードバックは上司の信頼性や自己効力感を上げる、という研究結果もあります。ポジティブな内容によって信頼の「貯金」を作っておけば、ネガティブなフィードバックも、真摯に受け止めてもらえます。
ミドルに必須となる部下の視点に立つ練習
次は(3)腹落とし対話 ですが、実はここに、最大の落とし穴があります。
対話の場面では、上司が告げたSBIに対する「部下の考え」を知ること、つまり相手の視点に立つことが大事。ところがしばしば「自分の視点」に固執して、傾聴や共感をしない上司がいるのです。その結果、話はすれ違いに陥ります。
これは「キャリアを積んだ人ゆえ」の落とし穴とも言えます。ある医療分野の研究では、年齢や経験値が高いほど、他者への共感力が落ちることが指摘されています。ビジネスでも、熟達の度合いが高いほどコミュニケーションはルーティンに流れやすくなりますし、「自分のほうが、よく事態が見えている」とも思いがちです。
確かに、「最終的にこちらの見解が正しかった」ということも多々あります。それでも「いったん」は相手の視点に立ちましょう。
「あなたは○○だと考えたから、そう行動したんだね」「私の考えに対して、あなたの考えはこうだね」と、双方すり合わせながら共通理解に近づけていくことが、部下の腹落ちにつながるのです。これができて初めて、(4)行動計画+期待通知 の段階に入れます。部下が前向きに取り組める道筋が見えたら、最後は「君なら大丈夫」「期待してるよ」と、ポジティブな言葉を送って締めくくりましょう。
以上、フィードバックの流れとコツについて話してきましたが、実践においては「適切にできているかどうか不安」という方も多いでしょう。
そこで役立てていただきたいのが、PHP研究所と共同開発で作成した社員教育用の法人向けDVD『フィードバック実践のポイント』です。様々な失敗例・成功例を映像化し、上司と部下が何を考え、どこですれ違うのか、どう変えれば良いかを解説しています。
良いフィードバックをしたい方、職場にフィードバックを取り入れたい方はぜひ参考にしてください。一人でも多くのリーダーがこのスキルを携え、部下とチームの成長を促すことを、願ってやみません。
取材・構成:林 加愛
写真撮影:たかはしじゅんいち
月刊誌「THE21」2022年10月号より転載
フィードバックの基本的な考え方や進め方を学習し、企業での事例を再現した5つのケースドラマを通してフォロワー視点をもってフィードバックを行なう方法を習得します。
監修:中原 淳(立教大学経営学部 教授)
税込価格:69,300円
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