アンコンシャス・バイアスで考える「部下のやる気を高める人事考課のつけ方」~曽和利光氏講演
2023年10月11日更新
人事考課は、部下の不満を生みやすい場面の一つです。不満の原因になりやすいのが上司のアンコンシャス・バイアス、つまり思い込みや偏見による評価です。では、部下がやる気を高める人事考課をつけるために、上司は何に気をつけるべきでしょうか。2023年9月開催の特別セミナーから、リクルートやライフネット生命の人事責任者を歴任してきた曽和利光氏の講演内容を一部ご紹介します。
マネジメントとアンコンシャス・バイアス
人事考課について触れる前に、まずはマネジメントとアンコンシャス・バイアスの関係について考えてみましょう。
マネジメントにおける力のコアになるのが、私は「見立てる力」だと考えています。英語ではアセスメント(assessment)とも言われます。組織や人の状態をよく知り「見立てる力」。たとえば対象が人であれば、その人はどういう性格・能力・価値観なのか、やる気は今どういう状態なのか。採用、評価、育成、配置、それぞれの場面で、マネジャーは人や組織の「見立て」を正確に行う必要があります。
そして、マネジャーの正しい「見立て」を阻害する要素が、アンコンシャス・バイアスです。残念なことに、アンコンシャス・バイアスは、キャリアを積むほど強固になる傾向があります。
ヒューリスティックとアルゴリズム
マネジャーは様々な場面で「見立て」をするわけですが、その方法には「ヒューリスティック」と「アルゴリズム」との2つの方法があります。ヒューリスティックは「発見的手法」といわれ、経験や勘によって素早く効率的に「おおよそ確からしい」正解を見つけることです。一方、アルゴリズムは理論を用いて判断する方法です。日々のマネジメントでは、素早い対応が求められますからヒューリスティックが用いられます。経験や勘によって判断されるため、ここにアンコンシャス・バイアスが作用してしまう可能性が高くなるのです。
では、アンコンシャス・バイアスを回避するために、私たちは何をすればいいのでしょうか。それにはまず「誰にでもアンコンシャス・バイアスは働く」ということを認め、これを意識することです。「アンコンシャス・バイアスは知っているが、私は影響されていないと思うよ」という方は意外に多いものです。しかし、この考え方に問題があるのです。
誰にでも影響を及ぼすということを確認するために、採用面接の場面を考えてみましょう。採用の候補者が2人います。評価者たちは候補者の話や態度から全く同じ情報を得ています。ところが、面接が終わって評価を見比べてみると、なぜか必ずといっていいほど評価が分かれています。この場面、候補者から得られる情報は同じですから、評価する側にアンコンシャス・バイアスが作用していることが、評価が分かれる一因になっていることが考えられます。
誰にでも影響を与えるアンコンシャス・バイアス。これを回避し、部下のやる気を引き出す人事考課は、どうしたら実践できるのでしょうか。日本企業では目標管理制度を導入している企業が多く、導入率は80%といわれています。そこで今回は、目標管理制度における人事考課の3つのプロセス「目標設定」「評価」「フィードバック」に分けて解説していきたいと思います。
Step1 目標設定
部下のやる気が出る目標の立て方のポイントは次の3つです。
1)自分で目標を決める
2)強み(CAN)に立脚する
3)やりたいこと(WILL)とつなげる
それぞれについて、解説していきます。
自分で目標を決める
皆様ご存じのこととは思いますが、今多くの企業で導入されている目標管理制度は、社会生態学者P.F.ドラッカーが提唱したものです。「Management By Objectives and Self-control」の頭文字をとってMBOと呼ばれています。
Management:組織で成果を上げること
Objectives:客観的な目標
Self-control:自律的な貢献
このように日本語にしてみると、実は頭文字になっていない最後の「Self-control」が重要な要素だということがわかります。そもそもMBOは、マネジャーと働く人が自由になるためのものであり、自律行動のために自己評価をする基準です。組織全体の目標・方向性を理解したうえで、自分のやりたいこと(WILL)とできること(CAN)を加味し、自分で目標を立て、組織の承認を得る。そういうプロセスで目標設定をすると、個々人のやる気が出るわけです。
強み(CAN)に立脚する
ドラッガーには「Build on your own strength(強みの上に築け)」という有名な言葉があります。彼は次のようにも言っています。
「何ごとかをなし遂げるのは、強みによってである。弱みによって何かを行うことはできない。できないことによって何かを行うことなど、到底できない」
「誰でも、自らの強みについてはよくわかっていると思っている。だが、たいていは間違っている。わかっているのはせいぜい弱みである。それさえ間違っていることが多い」
人は強み(CAN)を活かすことで成果を上げることができるのですが、自分の強みを正しく把握するのは意外と難しいものです。そのため、他者からのフィードバックによって、自分の強みを把握することが重要になります。
やりたいこと(WILL)とつなげる
曽和利光氏 講演資料より
自分のやりたいこと(WILL)についても同じことが言えます。仕事において、自分が「何があるとやる気が出るのか」を知る必要があります。会社の社会的ステータスや仕事自体の面白さ、上司や同僚との性格や価値観の相性、あるいは報酬水準(基本給・福利厚生)なのかもしれません。やる気の源泉は、人によって違うのです(上図参照)。
自分のやりたいこと(WILL)を正しく知るためには、他者からの問いかけが必要です。例えば、部下が面談で「私は××について興味があるので、△△の仕事をしたいです」と言うとします。それが本当に彼・彼女のやりたいことなのかどうか、つまり「WILLに根っこが生えているのかどうか」を確認するには、「きっかけ」「意見」「行動」について質問をしてみるといいでしょう。
きっかけ:「あなたがその仕事に興味をもったきっかけは?」
意見:「(その領域について)どういう意見を持っていますか?」
行動:「(アサインされずとも)その問題について、何か具体的な行動をとっていますか?」
本当にやりたいこと(WILL)であれば、3つの質問のいずれかに答えることができるはずです。逆に、答えられない、本当にやりたいことでないのであれば、支援しても成果を上げることはできません。
Step2 評価
評価では、さまざまなバイアスが働く危険性があります。順にご紹介しましょう。
上司が部下を評価
●「ピーク・エンドの法則」
ある経験の記憶を、快苦が強烈だった「ピーク時」と「終了時」によって決めてしまい、評価期間全体の行動や成果を見ないこと。
●「アンカリング効果」
どこかに錨を下ろしてしまう(アンカリング)ことによって、他の要素を評価しなくなる傾向があります。
●「類似性効果」
人には、自分と似ている人、同質の人に好感を抱く傾向があります。評価においてもこの傾向がみられ、自分とタイプが似ている部下は理解しやすく、高い評価をする傾向があらわれます。部下が実際に出した成果を客観的に評価すること、気が合う人を偏重して評価しないことを心掛ける必要があります。
上司が部下を評価するときに、こうしたバイアスの餌食にならないためにお勧めしたいのが、メンバーの行動記録、いわゆる「閻魔(えんま)帳」をつけることです。
自己評価
部下にやる気になってもらう考課のために「自己評価」を採り入れる企業も増えています。自己評価と上司の評価にギャップがあった場合、フィードバックでその溝を埋める必要があり、それを見極める目安にもなります。
ここで注意すべきバイアスについてもご紹介しましょう。
●「自己奉仕バイアス」
自己評価で影響を受けやすいのが「自己奉仕バイアス」です。人は、成功は自分の手柄、失敗は他人のせいにしてしまう傾向があります。
●「ダニング=クルーガー効果」
自己評価では、能力の低い人は自分を過大評価する傾向があるといわれます。逆に、優秀な人は「当たり前水準」が高いため、自分を過小評価しやすいものです。こうしたバイアスを回避するためには、事前に自己評価についてのガイダンスを行なうといいでしょう。
「360度評価」
企業によっては、上司からの評価だけでなく、同僚や部下からの評価を取り入れることがあります。この「360度評価」は、たとえば、上司への印象操作が評価に影響を与える、いわゆる「ごますり」行動をした人が有利になるといった評価のゆがみを是正するのに有効といわれます。
「360度評価」は、客観性のある目標に対する成果、たとえば売上金額などについて実施する必要はありません。対象となるのは行動評価(会社として成果を出すために取ってほしい行動ができているかどうか)などです。
また、「360度評価」には、本人が評価を受け止めやすく、行動改善につながりやすいというメリットがあります。
●「ハロー効果」
一方、「360度評価」は、「ハロー効果」の影響を受けやすいと言われます。つまり、評価の高い人はすべての面で良く評価され、評価の低い人はすべての面で悪く評価される傾向が強く出ます。
「360度評価」の妥当性を考え、全体の2割程度に留めるという企業事例もあります。また、心理的インパクトが強いためメンタルヘルスに影響を与えることがあることにも注意が必要です。
評価会議
集団合議による評価会議において注意で注意すべきバイアスが「バンドワゴン効果」です。
●「バンドワゴン効果」
「バンドワゴン」は行列の先頭の楽隊車のことで、会議などで最初に出た意見に全体が影響を受ける現象がこれにあたります。ある選択が多数に受け入れられている、流行しているという情報が流れることで、その選択への支持が一層強くなるのです。
「バンドワゴン効果」の対策として、「社長は最後に意見を言う」「すり合わせをせずに一斉に投票する」などが考えられます。
相対評価と絶対評価
人事考課では、報酬の原資は一定であることから最終的には相対評価を行うことになりますが、それとは別に、育成という観点から絶対評価をすることにもメリットがあります。相対評価と絶対評価の特徴は以下の通りです。
●相対評価は遂行目標志向を高める
・他者より良い業績を取ることに価値を置くようになる
・環境への不満、課題への否定的態度が表れやすい(低い目標を好む)
・他者への援助要請を恥だと捉えることがある
・熟達志向を高めることはない
●絶対評価は熟達目標志向を高める
・努力や学習に価値を置くようになる
・課題への意欲、肯定的態度の増加が見られる
・他者への援助要請を良いことと捉える
・実は遂行目標志向も高まる(業績についても頑張ろうとする)
STEP3:フィードバック
部下の評価が確定した後、本人に考課結果をフィードバックします。このフィードバックの本質は、部下側に「上司が見てくれている」という感覚を醸成することです。
大人数で仕事をする場合、誰かが手を抜く現象、つまり「社会的手抜き」や、集団にただ乗りする「フリーライダー現象」が見られることがあります。集団の中でも手を抜かずに仕事をしてもらうためには、自分のことを見てくれている、応援してくれている誰かの存在、あるいは、自分のがんばりを正しく評価してくれるシステムが必要不可欠です。
部下がやる気を出すフィードバックを行うためには、日々のコミュニケーションにおいて、いつも「見られている」「見てくれている」と部下に思ってもらえるような声がけをすることが重要です。定期的に1on1のミーティングを行うのもいいでしょう。「ピグマリオン効果」というものがあって、人は期待された方向に成長していくものです。
人事考課についても、上司が普段から何度も指摘や指導をしている内容と整合性が取れていることが重要です。唐突に、聞いたこともない評価基準が出てくると、部下側では「それなら初めから言ってほしかった」「日頃、そういう指摘はしてもらっていない」と不信感が強まります。お互いの信頼関係が築けていないと、フィードバックは効かなくなってしまうのです。逆に上司と部下の関係が良好である場合、部下は自らフィードバックを求めてきます。
ポジティブフィードバック
ポジティブフィードバックについては、ただ褒めるのではなく、丁寧に良い事実を伝える。そして、部下に対して期待をかけていることを伝えることが大切です。
そこで再度確認したいのは「貴社のマネジャーは、部下の日々の行動記録(いわゆる「閻魔帳」)をつけていますか?」ということです。「バーナム効果」というものがあって、これは、たとえば占いなどで、誰にでも該当するような曖昧で一般的な記述を、自分だけに当てはまる正確なものと勘違いしてしまう現象のことを言います。フィードバックにおいても「君は、よくやったよ。ほんとスバラシイ!」というように、漠然とほめて煙に巻くことはできますが、でも、このようにあいまいなほめ方でモチベーションを上昇させたからといって、パフォーマンスが上がるとは限りません。「○○を△△のようにしてくれたから、これまで○日かかっていたのが、△日でできるようになった。おかげで○○の成果があがっているよ。今後も○○のようにしてくれるのを期待しているよ」というように、具体的な表現でフィードバックをすると、部下のほうでは「いつも見てくれている」という実感を得ることができるのです。
上司が何人もの部下の行動をすべて覚えているというのは不可能ですから、日々の行動記録をつけておくことが不可欠なのです。
ネガティブなフィードバックは難しい
ネガティブなフィードバックは難しいですし、多くのマネジャーが苦手にしているのではないでしょうか。しかし、人材や組織を正しい方向に導くためのマネジャーの最も大切な仕事の一つであることは間違いありません。心理的なコンフリクトを恐れて先延ばししないことが重要です。
たとえば、考課結果の芳しくない部下に対してフィードバックを行うときに、「俺はそうは思わないのだけど、会社はこういう評価をしているから」と伝えてるマネジャーはいませんか? 「相対的に評価されて、そうなってしまった」としか言えないと、部下はやる気にはなりません。組織の方針や評価を、自分なりに解釈し、意味付けをして、自分の言葉で伝えるのがマネジャーの責務です。次にあげるポイントを参考に、「近くで見ている上司として、この評価は君にとってこういう意味があると思う」というフィードバックをしましょう。どのように意味があるのか、それを考えるのが上司の仕事です。
ネガティブフィードバックのポイント
Specific
・どの仕事の、何が良くなかったのか具体的に言う
・次回からの提案を含める(BeではなくDo)
Sincere
・正直に話す(自分はこう見える、というアイメッセージ)
・期待を込めて話す(こうあってほしい、こう成長してくれるはずと期待する)
Two-way
・消化する時間を与える
・問いかけを混ぜる
Timely
・起こった時にすぐに、その場で言う
・絶対に「溜めておく」ことをしない
マネジャー向けeラーニング「アンコンシャス・バイアスから考える人事考課」
曽和利光氏監修によるマネジャー向けeラーニング。人事考課のあらゆる局面に潜むバイアスの種類と回避方法を具体的に解説し「人事考課の基本」を学びます。考課者研修、アンコンシャス・バイアス研修の一環としてご活用ください。
標準学習時間:4時間
受講期間:2カ月
受講料:6,600円(税込)
曽和利光(そわ・としみつ)
株式会社人材研究所 代表取締役社長
1990年に京都大学教育学部に入学、1995年に同学部教育心理学科を卒業。株式会社リクルートで人事採用部門を担当、最終的にはゼネラルマネージャーとして活動したのち、株式会社オープンハウス、ライフネット生命保険株式会社など多種の業界で人事を担当。「組織」や「人事」と「心理学」をクロスさせた独特の手法が特徴とされる。2011年に株式会社人材研究所を設立、代表取締役社長に就任。