「部下の出来が悪い」と育成を放棄する管理職に、どう対応する?
2017年1月17日更新
部下の能力や熱意のなさをあげつらい、「自分でやったほうが早い」と育成を放棄する管理職。彼らをどう指導すればいいでしょうか? アドラー心理学の考え方に学びます。
注目を集め続けるアドラー心理学
昨年、一昨年に引き続き、2017年も注目を集めるアドラー心理学。ブレイクのきっかけとなった書籍『嫌われる勇気』をモチーフとした連続ドラマも、1月クールから始まりました。アドラー心理学に以前から携わる私たちも、いささか不思議な心持ちがします。
なぜ、ここまで社会的に認知されるに至ったのか。そこにおのずと出てくる答えがあります。アドラー心理学は机上の空論ではなく、実践の心理学である、ということ。一見理想主義的で「いや、そんなこと無理でしょ?」というような認知・思考のパターンや行動に見えるものも、実践してみると意外とすんなり自他に受け入れられ、事前の予測以上に問題解決にぐっと近づいていく。それを実体験した方が増え続けている、ということではないでしょうか。
本サイトの「アドラー心理学に学ぶ『勇気づけ』の職場づくり[実践編]」では、職場におけるさまざまな課題に対してアドラー心理学をどう活かしていけばよいか、具体的なお悩みにお答えする形で考えていきます。では、さっそく質問をご紹介しましょう。
部下をダメだと決めつけ育成しない管理職
【質問】
部下のことをダメだと決めつけ、諦めて指導しようとしない管理職がいます。しっかり指導するように導くには、どのように考え方を変えさせればよいでしょうか。
(40代 メーカー 部長)
「うちの新人、何教えてもダメなんです」「彼らに任せるくらいだったら、自分でやったほうが早いし、ストレスもたまらなくてすむんです」「自分が若い頃はもっとできましたよ」。
いますね、こういうことをおっしゃる管理職の方。でもこれ、ひとつ間違えると「私は部下指導の適性や能力がない人間です」「自分はいつまでもプレイヤーのままでいる人間です」と宣言しているのと同じである、ということを、ご本人たちは自覚しているのでしょうか。
すこし分解・分析してみましょう。
・「うちの新人、何を教えてもダメなんです」
本当に「何を教えても」「ダメ」なのか? 「こいつはダメだ」という主観的な思い込みによって、できている部分を見落としていないか。そもそも教え方は適切、的確か? 何のためにその仕事をするのかや、要求される水準および期日を明確にし、初めてやらせる仕事であれば管理職が中途段階で確認をしているか。
・「彼らに任せるくらいだったら、自分でやったほうが早い」
当たり前。彼らにとって初めてであったり2回目であったりする仕事は、その管理職にとって100回目、200回目であり、格別な注意を払わなくてもミスなくできるというのは当然のこと。だからといって部下にやらせなかったら、いつまでたっても部下はその仕事に慣れることができない。そして管理職が「なんでまた自分がやらなきゃいけないんだ!」と嘆くのは、自分で自分の首を絞めているのと同じ。
・「自分が若い頃はもっとできた」
本当に自分一人でできるようになったのか? その陰で、上司がフォローをしてくれていたという可能性はないのか。仮にこの言葉が合っていたとしたら、なぜそのノウハウを部下に伝えようとしないのか。
第三者の目から見ると、このようにわりと簡単に彼らの主張のほころびが見えてきますが、本人たちはいたってまじめに悩んでいたりします。
アドラー心理学の「認知論」の観点から
彼らの悩みは「認知」のずれから生じていると考えることができます。アドラー心理学の「認知論」の観点から見てみましょう。
私たちは、身の回りで起きた事実(この場合は、部下によってなされるべき仕事・作業が完成されていない)を見る際、自分の認知を通して判断を下します。これを「主観的意味づけ」といいます。たとえばAさんは、完成されていない仕事を見て「部下たちがダメだ」と思い、Bさんは「私の教え方が悪かった」と思い、Cさんは「何がダメなのかわからない」と思う。これがそれぞれの「認知」です。
この認知が、あまりにも常識からずれていたり、非常識なほど自己中心的であったりするものを「基本的誤り」といいます。基本的誤りには以下のようなものがあります。
「決めつけ」
この仕事ができないのだから、あの仕事なんてできっこない(やらせてもいないのに)
「誇張」
あいつのしでかしたミスがうちの会社の信用を無くす!(ほんの些細なミスなのに)
「誤った価値観」
期日までに仕事ができないようなやつは、この先一生ロクな仕事なんかできない! 人間失格だ!(非合理)
その他、「過度の一般化」「単純化」「見落とし」など。
「その考え、本当?」「誰が決めたの?」「その証拠は?」とたずねると、何の根拠もない思い込みにすぎないことがわかります。でも、指摘されるまでは本人たちにはわかりません。なぜか? 自分が「正義」「真実」「正解」だと心の底から思っているからです。
部下指導ができない管理職への対応
部下指導ができない管理職に対して、本人の抱える矛盾に気づかせることは大切です。もちろん気づかせる際に、「君の考えは間違っている!」と正面からバッサリ切り捨てるようなやり方は、本人の頑なな思いを一層硬化させることはおわかりですね。
「部下がダメって、本当?」「誰がダメって決めたの?」「ダメっていう証拠は?」「何がどうダメか聞かせてくれる?」
こんな質問を柔らかく投げかけていくと、前述の矛盾、ほころびが見え隠れするはずです。そこでその矛盾について、さらに柔らかく「それって決めつけてない?」「それって、大げさじゃない?」というように、ソフトでありながら論理的に分析し、本人に気づかせるよう問いかけてみるのはいかがでしょうか。
【著者プロフィール】
永藤かおる(ながとう・かおる)
(有)ヒューマン・ギルド研修部長。心理カウンセラー。1989年、三菱電機(株)入社。その後ビジネス誌編集、海外での日本語教育機関、Web 制作会社など、20年以上のビジネス経験のなかで、人事・採用・教育・労務管理等に携わる。どの現場においてもコミュニケーション能力向上およびメンタルヘルスケアの重要性を痛感し、勤務と並行して学んだアドラー心理学を生かして現在㈲ヒューマン・ギルドにてカウンセリング業務および企業研修を担当。著書に『「うつ」な気持ちをときほぐす 勇気づけの口ぐせ』(明日香出版社)、PHP通信ゼミナール『リーダーのための心理学 入門コース』(監修:岩井俊憲、執筆:岩井俊憲・宮本秀明・永藤かおる、PHP研究所)などがある。