内定者アルバイトで、とつぜんの内定辞退を防ぐ方法
2017年12月21日更新
入社が内定した学生に、内定辞退防止と内定者フォロー研修を兼ねてアルバイトをしてもらうケースが増えています。どのように進めるとよいか、事例から考えます。
アルバイトをさせる最大の目的は内定辞退を防ぐこと
入社の内定を与えた学生に、入社前にアルバイトをしてもらうケースが増えています。そして最近は、アルバイトの中身が、やや変わりつつあります。新入社員の「即戦力化」の流れをうけて、正社員と同じような仕事をさせる会社が増えているのです。ノルマや目標数字などを与える会社もあります。
これも一つの考え方かもしれませんが、私はアルバイトの意味をあらためて考えることを提案したいと思います。
内定者にアルバイトをさせるのは、通常のアルバイトに仕事を命じることとは意味が大きく異なります。入社が内定した学生は、いずれ会社の中核を担う人材、いわば「金の卵」です。そう考えると、「仕事はおもしろい」「職場は楽しい」とまず感じさせ、希望をもって入社してもらうことこそが大切です。最大の目的は、内定辞退を防ぐこと。「この会社で早く仕事をしたい」と学生に思ってもらえる内容にしたいものです。
教材会社の事例~「わくわく、どきどき感」を感じる仕掛け
私が取材した社員数200人ほどの教材会社では、入社が内定した学生に「わくわく、どきどき感」を感じてもらう仕掛けをつくっています。
内定した学生は、卒業までに20回ほど出社し、午前9時30分から午後5時30分まで、1日フルタイムで基礎的な編集作業(校正の初歩など)をします。ランチは、先輩社員といっしょに懇談しながらとります。先輩社員は、ローテーションで登場し、学生は20日ほどで20~30人と接することになります。その20~30人は、内定した学生と何らかの接点がある人、たとえば「出身地」「卒業高校、大学」「サークル」「体育会」「特技」などが内定者と同じ人を、会社側が事前に選んでいます。
入社内定者には、目標もノルマも与えられません。それは、このアルバイトが、あくまで「この会社で働くのは、おもしろそうだ」と感じさせるためだからです。また、20日分の賃金を支給するときには、役員や総務部長と懇親会をして学生の話を聞いています。
そうした取り組みの甲斐あって、最近の5年間では内定辞退者がいないそうです。
ゲーム会社の事例~大変さや責任とおもしろさ、やりがい
次に、社員数が200人ほどのゲーム会社の事例をご紹介します。
この会社では、ITエンジニアとして内定を与えた学生が、10日ほどアルバイトをしています。学生は5~6人のグループのリーダーとなり、難易度の低い小さなプロジェクトを運営します。
プロジェクトのメンバー全員が、自分の仕事をひとりでとどこおりなくできるスキルをもっています。リーダーが不在であろうとも、問題はないようにあらかじめなっているのです。それでも、学生にリーダーを任せています。というのは、グループを統率するリーダーの大変さや責任、そして表裏一体のおもしろさとやりがいを感じ取らせるというねらいがあるからです。
広告企画制作会社の事例~達成感・充実感
社員数30人ほどの広告企画制作会社では、一昨年、はじめて新卒(大卒)の採用試験を行い、1人を採用しました。内定した学生は、2週間にわたり、社長や役員について、取引先や販売先を訪問します。社長によると、できるだけ、外部の人と仕事をする機会を与えたかったのだそうです。帰社すると、主にデザイン制作をします。商品デザインの発案から制作までに関わるようにさせたのです。
社長の思いは、「学生時代の経験や得意分野、知識が生きる仕事を担当させ、達成感・充実感を感じ取らせる」ことにあったようです。この内定者は入社後も、同じプロジェクトを担当していました。現在2年目ですが、ひとりで担当プロジェクトを動かすところまで成長しました。アルバイトから入社1年目、2年目とキャリアの流れをつくっていることが、本人の成長につながっているのです。
社長は「自分が進んでいくことがわかる仕組みが、納得感を高めて、定着や育成につながっていく」と話していました。
入社が内定した学生にアルバイトをしてもらうことで、内定辞退の防止などの効果を生み出すためには、入社後の社員のキャリア形成をしっかりと考えておくことが前提となります。これから内定者フォローのために、あるいは研修をかねてのアルバイトを考えようという企業では、内定からアルバイト、1年目、2年目のキャリア形成をどのように描かせるのか、そこから省みることが必要ではないでしょうか。
内定者でもアルバイトには賃金を支払う義務がある
さて、多くの会社で取材をさせてもらうなかで、内定後のアルバイトについて誤解をしていると思える人事担当者に出会うことがあります。それは、内定しているのだから「ただ働き」に近いことをさせても問題ないと思っている人がいることです。
内定を与えた後に学生にアルバイトをさせる場合、次の場合は「労働時間」となります。
「使用者である会社の支配下にあり、一定の場所に、一定の時間、一定の労務提供の目的のため拘束されている場合で、その時間の自由利用が保障されていない時間」
この定義に基づくと、今回ご紹介した事例は「労働時間」に当たります。しかも、アルバイトの参加が「本人の希望のうえ、任意で参加」と言いながらも、実質的には強制であることを踏まえると、賃金を支払う義務があることになります。
そもそも、アルバイトをしてもらうのは、内定者フォロー、あるいは内定辞退防止が大きな目的であるのですから、迷うことなく賃金を支給しておくべきです。また、支給の際には、社長や役員から「ご苦労様」「ありがとう」と学生に直接声をかけてねぎらう姿勢も大切です。学生とコミュニケーションをとりつつ、社会人として働くことへの希望を与え、心の準備をしてもらうことが、アルバイトをしてもらううえで最も大切なのではないでしょうか。
吉田典史(よしだ のりふみ)
1967年、岐阜県大垣市生まれ。2006年以降、フリーランスに。特に人事・労務の観点から企業を取材し、記事や本を書く。人事労務の新聞や雑誌に多数、寄稿。著書に『封印された震災死その「真相」』(世界文化社)、『震災死』『あの日、負け組社員になった...』(ダイヤモンド社)、『悶える職場』『非正社員から正社員になる!』(光文社)、『会社で落ちこぼれる人の口ぐせ 抜群に出世する人の口ぐせ』(KADOKAWA/中経出版)など。