「六正六邪」~山本七平が語る『貞観政要』にみる人材を見分けるポイント
2017年10月20日更新
山本七平氏の名著『新版・指導者の帝王学』から『貞観政要』に著された人材を見分けるポイントをご紹介します。
相惜顔面
リーダーはきわめて大きな権限をもっているから、下の者はだれでもある程度「うっかり気に入らないことを言うと、人事権を発動されて、どこかへ飛ばされては困る」というような気持ちをもっている。しかし、そのまま放っておけば皆が何も言わなくなり、リーダーは何にも分からず、情報遮断が起こってしまう。
さらに組織内部において、争いを起こしたくない。仲良くしていたほうがよい。これは太宗が最も恐れたことであり、このことを彼は「相惜顔面」と言っている。互いの顔を相惜しむ、面子を立て合うとの意である。相手の面子を潰さないように、相手に嫌な思いをさせないように行動するから、言うべきことを言わなくなってしまうのである。
「相惜顔面」を起こすと、次に上下雷同を引き起こす。付和雷同という言葉があるが、上はすなわちリーダー、下がその部下で、両者がなあなあで雷同をしてしまう。そうすると、その組織は実態から完全に浮いてしまい、結局、会社ならば倒産、国家ならば崩壊につながる。これはいかに優れた組織原則をつくっても、それだけでは何ともできない問題である。
したがって、太宗はここに非常に気を遣う。この点、魏徴は、ずけずけ何でも言ってくれる人間であったから、太宗はこの諫議大夫を非常に重んじた。この魏徴が、どのような人間を集めたらよいかを、「六正六邪」というかたちで提言をしている。まず否定的なほう、すなわち「六邪」を紹介しておく。
六邪とは
官職に安住して高給を貪るだけで、公務に精励せず世俗に無批判に順応し、ただただ周囲の情勢を窺っている、これを「見臣(けんしん)」という。
主人の言うことは「みな、結構です」と言い、そのおこないは「すべて立派です」と言い、密かに主人の好きなことを突き止めて、これを勧め、見るもの、聞くものすべてよい気持ちにさせ、やたら迎合して、主人とともにただ楽しんで、後害を考えない、これが「諛臣(ゆしん)」である。
本心は陰険邪悪なのに、外面は小心で謹厳、囗は上手で一見温和、善者賢者を妬み嫌い、自分が推奨したい者は、長所を誇張して短所を隠し、失脚させたいと思う者は、短所を誇張して長所を隠し、賞罰があたらず、命令が実行されないようにしてしまう、これが「姦臣(かんしん)」である。
その知恵は自分の非をごまかすに十分であり、その弁舌は自分の主張を通すのに十分であり、家のなかでは骨肉を離間させ、朝廷では揉め事をつくりだす。これが「讒臣(ざんしん)」である。
権勢を思うがままにし、自分の都合がよいように基準を定め、自分自身の派閥をつくって自分を富ませ、勝手に主人の命令を曲げ、それによって自分の地位や名誉を高める。これが「賊臣」である。
後者を以て主人に諂い、主人を不義に陥れ、仲間どうしでぐるになって、主人の目を眩まし、黒白を一緒にし、是非の区別をなくし、主人の悪を国中に広め、地方の国々まで聞こえさせる、これが「亡国の臣」である。
かつてある倒産会社を調べたことがあったが、その重役が全員この「六邪」であった。太宗の場合の魏徹のような、ずばずばとものを言ってくれる部下はなかなか得がたいものだ。したがって、耳には痛いだろうが、諫めてくれる部下には心から感謝しなければならない。しかし、現実には、リーダーが権力をもつと、諫めに耳を傾けないようである。そればかりか、逆に諌言してくれる部下を追放してしまったりするものだ。
したがって、太宗のように自ら諌めを求めるような上司なら問題はないが、部下にとっては諫め方が難しい。
太宗でも諫められて、カッと怒ることがあった。しかし、怒ったときに、またこれを諫めるのが魏徴であった。「こういう上申書を出してくれる人は、そういない」と言って、太宗をなだめると、太宗も直ぐに思い直して、「なるほど、こういう人間がいちばん重要なのだ」と納得するわけである。
六正とは
では、リーダーはどういう人間を周囲におくべきなのだろうか。それが「六正」である。以下に挙げるのは、魏徴が言っている「六正」である。
まだ何の兆候も明確ではないのに、そこに的確に存亡の危機をみて、それを未然に封じて、主人を超然として尊栄の地位に立たせる、これができれば「聖臣」である。
とらわれぬ、わだかまりなき心で、良いおこないの道に精通し、主人に礼と義を努めさせ、優れた謀を進言し、主人の美点を伸ばし、欠点を正しくする、これができれば「良臣」である。
ひたすら刻苦精励をする人間、これが「忠臣」である。
事の失敗、成功を正確に予知する。早く危険を防いで救い、食い違いを調整して、その原因を除き、災いを転じて福として、主人に心配をさせないようにする、これができれば「知臣」である。
節度を守り、法を尊重し、高給を辞退し、私物は人に譲り、生活は節倹を旨とする、これができれば「貞臣」である。
国家が混乱したとき、へつらわずに、あえて峻厳な主人の顔をおかし、面前でその過失を述べて諫める、これができれば「直臣」である。
この6つのタイプの人間を挙げている。これこそ真の人材で、リーダーもこんな部下の意見を聞いていれば、まず大きな間違いはない。リーダーにとっては、こうした資質をもった人間を見出し、いかに自分の周囲に集めるかがポイントになる。なかでも、求諫してほんとうに諫めてくれる人間を尊重するに尽きる、と太宗は言っている。
どうすれば人は動くのか? 織田信長、上杉鷹山、孟子などから指導者としての見識や経営の要諦を明かす。山本日本学の名著を復刊。
山本七平(やまもと・しちへい)
1921(大正10)年、東京に生まれる。1942(昭和17)年、青山学院高等商業学部を卒業。1958(昭和33)年、山本書店を創立。山本書店店主として、おもに聖書関係の出版物の刊行を続けるかたわら、評論家としても活躍。その日本文化と社会を分析する独自の論考は「山本学」と称される。1991(平成3)年、永眠。著書に、『私の中の日本軍』『「空気」の研究』『「あたりまえ」の研究』『存亡の条件』『「常識」の研究』『「常識」の落とし穴』『日本資本主義の精神』『論語の読み方』『昭和天皇の研究』『勤勉の哲学』『日本的革命の哲学』『日本人とは何か。』『帝王学』『日本はなぜ敗れるのか』など多数。