アドラー心理学に学ぶ「働かない50代」の再活性化
2016年7月11日更新
「お荷物ミドル」、「お荷物エルダー」、「使えないバブル世代」などと言われる“働かない50代”。定年までの期間、前向きに実力を発揮してもらう方法はあるのでしょうか? アドラー心理学に再活性化のヒントを学びます。
“働かない50代”は、なぜ生まれたのか
近年、企業や官庁の研修担当者からご相談いただく内容でとくに多いものが2点あります。1点目は、女性管理職の意識・行動変革、そして2点目が、“働かない50代”の再活性化です。
50代といえば、数多くの経験や培ってきた人脈をもとに、自分らしい仕事を展開することができる、社会人としての円熟期です。しかし現在、この50代の社員が問題となっている職場が増えています。
「高い給料をもらっているのに、何もしようとしない」
「組織にしがみついて、逃げ切ろうとしている」
「あのおじさん達のために、若い世代がしんどい思いをしている」
もっと働けるはずなのに働かない、能力があるはずなのに発揮しようとしないことに対し、上司や人材育成担当者だけでなく、同じ職場で働くメンバーたちからも不満の声があがっているのです。
お荷物ミドル、お荷物エルダー、使えないバブル世代……こうした“働かない50代”が生まれた原因の一つに、新卒社員の一括採用があります。入社当初は彼らも会社のために一生懸命に働きます。しかし、同時に採用されたなかには、自分よりできる同期が数多くいます。ピラミッド型の会社組織のなかで管理職のイス取りゲームに敗れると、彼らはこれからいくらがんばっても役職が与えられず、給料も上がらないことを悟ります。そうすると、会社への貢献感が消えうせ、“働かない50代”となってしまうのです。もしかしたら、もっと早い段階でそうした状況に陥ってしまうこともあるかもしれません。
もう一つ原因として考えられるのは、50代に入ると、定年退職が目の前にちらつき始めることです。残りの会社生活において、自分がどの程度の実績をあげどの程度の評価が得られそうかという目算が立てやすくなります。そのため、「こんなものだろう」と自分で自分の限界を決めつけてしまったり、「このくらいやっておけばいいか」と残りの会社生活を大過なく安楽に過ごそうという意識が働いてしまったりします。そうして、周囲の期待に応えられるだけの力を発揮しないため、お荷物扱いされるようになってしまうのです。
いずれにしても、彼らは、自ら困難を克服しようという気持ちをもてなくなっている状態、つまり、“勇気をくじかれた状態”にあると言えるでしょう。
アドラー心理学に学ぶ“働かない50代”対策
博報堂生活総研は、50代以上の全人口に対する割合は2010年に40%を超え、2023年には50%に達すると予想しています。現在の状況をこのまま放置しておくと、前述のような“働かない50代”が組織に増殖してしまうことにもなりかねません。それでは組織の生産性が低下するのは目に見えています。
では、人材育成担当者や上司はどう対応すればよいのでしょうか。どのように対応しようとも勇気をくじかれやる気を失った彼らを“働く50代”に変えることはできない、とは言いませんが、それが非常に困難であることは間違いありません。
当人たちの意識を変えることが不可欠ですが、そのためのヒントとして、私がアドラー心理学をベースにした研修で行なっていることを、ここでいくつかご紹介しましょう。
(1)八掛け人生のすすめ
父母をモデルにした人生設計からの脱却を図り、実際年齢×0.8=実力年齢と考えます。50歳の人であれば40歳、55歳であれば44歳と認識することで、行動変革をうながします。これにより、生涯感動・生涯青春を胸に秘め、生涯現役を貫くより積極的なライフプランを考察することができます。
(2)活力ある人生の要素を学ぶ
活力ある人生の要素とは、「共感力」「勇気」「気の力」「変革力」「志」などのことです。それぞれの要素を高める具体的な手法について解説していくと長くなりますので、ここではそれぞれの要素がどのようなものかについてだけ、簡単にふれておきます。
「共感力」
相手の目で見、相手の耳で聞き、相手の心で感じることです。他者の立場でものごとを捉えようとすることで、現実・現場感覚を養え、より大きな視点をもてるようになります。
「勇気」
勇気とは困難を克服する活力であり、勇気づけとは困難を克服する活力を与えることです。自分自身を勇気づける方法、他者を勇気づける方法、失敗の受け止め方、感謝の効果などを学ぶことで、さまざまなことに前向きにチャレンジしようという意欲が生まれます。
「気の力」
意識(イメージ)・呼吸・動作によって養います。これによって、不安やイライラを抑えて精神のバランスを保ったり、集中力を高めたりすることができます。
「変革力」
自分を変えるとはどういうことなのかを理解したうえで、自己変革のステップを学びます。変えるためには現状を客観的に認識する必要があります。それによって理想との間のギャップが明確になり、問題点を明らかにすることができます。
「志」
志とは“心指し”であり、心の指し示す方向、つまり使命・ビジョン・目標をもつこと。また、“心差し”であり、心のモノサシ、つまり倫理観をもつことでもあります。自分自身で使命やビジョン、目標をしっかりと定めることは、“やる気”の喚起に直結します。また、それらが倫理観に適っていれば、実行に移す際の裏打ちとなります。
(3)生涯現役を貫くために
足腰(+滑舌)の鍛え方、頭脳の鍛え方、家族仲良くを実践する方法を学ぶことも大切です。会社を定年退職したあとも、人生は長く続きます。“その先”の人生を元気に送るための準備を始めることで、現在を“終わりかけ”の状態ではなく、新たなスタートに向けての準備期間であると、プラスのイメージでとらえることができるようになります。
こうしたことを通して、現在、そして未来に対し、明るく前向きなイメージをもてるようになると、必ず物事へのアプローチの仕方は変わってきます。積極的で主体的な取り組みが増えてくるのです。
“働かない50代”を生まないために、会社に求められること
最後に、会社の制度について一つ提案をしたいと思います。実現のためのハードルは高いかもしれませんが、欧米では多くの企業で導入されている制度ですので、絶対に不可能ということはないでしょう。
それは、「1年間の休暇(サバティカル・イヤー)」というものです。大学の教授に「サバティカル・イヤー」として1年間の休暇を与える制度があります。それを模して、職場に戻れるという保証を条件に、思い切って1年間の休暇を与えるのです。この1年間は無給でもかまわないでしょう。1年間が長ければ、「サバティカル・マンス」として、3カ月~6カ月でもいいと思います。会社に戻れる保証さえあれば、何かに挑戦したい、何かにチャレンジしたいと思い、“働かない50代”からも行動を起こす人が出てくることが予想されます。欧米では、資格や学歴取得のために、この休暇制度が活用されています。
私は、“働かない50代”を生まないための意識変革や教育は、50代直前や50代になってからではなく、もっと早い段階から行なう必要があると思います。管理職になる前の、部下をもちはじめる30代から定期的に面接を実施し、会社の理念や方向性をよく理解してもらうとともに、本人の希望を把握することが重要です。そこで働く社員たちが、会社とともに、自分のビジョンへ向けて決断し、使命と熱意をもって仕事に取り組めるような環境を整えることが、会社には求められています。
宮本秀明(みやもと・ひであき)
1982年、スタンフォード大学中退。広告業界から数社の研修会社を経て、現在㈲ヒューマン・ギルド法人事業部長兼シニアインストラクター。ロジカルシンキング、ファシリテーションからマナー教育まで、幅広いコミュニケーションの研修を担当。米国と日本双方のビジネス経験を生かし、それぞれのよさを融合させた、和魂洋才型の研修プログラムを独自に開発。受講生の目線に立った習得しやすいカリキュラムの構成力、やる気を促す講師手法には定評がある。著書に、『マンガでよくわかるアドラー流子育て』(岩井俊憲監修、かんき出版)、PHP通信ゼミナール『リーダーのための心理学 入門コース』(監修:岩井俊憲、執筆:岩井俊憲・宮本秀明・永藤かおる、PHP研究所)などがある。