1on1成功のポイント~心理的安全性と上司の「聴く」スキル
2021年11月26日更新
1on1を成功させるためには、部下にとって「心理的安全性」が確保されているということが大前提となります。上司が「この部下を育てたい」と思い、相手を信じる気持ちを持って話を聴くことが成功のポイントです。2021年10月に開催されたPHPカンファレンスのなかから正岡紀子氏によるセッションの内容をご紹介します。
INDEX
そもそも「人材育成」とは?
いま、1on1が業種業態を問わず、企業で最も注目を集める人材育成の施策になっています。 なぜ今、1on1なのか。それをお話しする前に、そもそも人材育成とは何か、このテーマを掘り下げて考えてみたいと思います。
※PHPカンファレンス「1on1の失敗学」Zoom画面より(2021年10月19日開催)
私は、人を「育てる」ということは、「育つ環境を提供すること」であると考えています。人は生きていくうえで「やるべきこと」を課せられており、何らかの「やれること」を身につけており、さらに「やりたいこと」を心に抱いています。
これらを数学の「集合」の図のように「やるべきことの円」「やれることの円」「やりたいことの円」で図示すると、3つの円が少しずつ重なった形になるはずです。これら3つの円がすべて重なった部分、すなわち「やるべきこと」であり「やれること」であり「やりたいこと」に属する領域が、その人が最も能力を発揮する事柄であるといえます。ということは、3つが重なった部分を最大化していくことが教育であり、能力発揮・能力開発のポイントだということです。
1on1が注目される背景~経営環境は激変している
皆様も認識されていることかと思いますが、コロナ禍以降、経営環境は激変しています。これからはビジネスモデルの根本的な見直しが進み、「なくてはならない仕事」と「不要不急の仕事」との二極化が進んでいきます。別の言い方をすれば、その会社は何のためにあるのか、その部署は何のためにあるのかなど、事業のミッションとビジョンが問われるようになるということです。
また、テクノロジーはますます進化し、DX(デジタルトランスフォーメーション)がさらに進展していきます。この流れに乗り遅れてしまうと、将来その企業は生き残れなくなる可能性があります。
人材マネジメントも大きく変化しています。近年、女性の活躍が謳われ、外国人労働者や高齢者の活用を含めたダイバーシティの実現は、企業にとって避けて通れない課題となっています。人口減少による労働力不足を補うという側面から考えても、誰もが働きやすい職場の実現は、人事が抱える喫緊の課題であるといえるでしょう。
さらに、テレワークが普及するにつれて、東京一極集中から地方分散への動きが加速し、今は地方に拠点を移す企業も珍しくなくなりました。
こうした急激な経営環境の変化の波にさらわれることなく、企業が存続していくために、リーダーには、過去の常識にとらわれず、現実を直視して機敏に判断していく姿勢が求められています。 問題解決の鍵は、現場にあります。上司と部下の対話の量を増やし、質を高めること。そこで注目されているのが1on1なのです。
1on1とは? 経験学習で部下の成長を支援
1on1は、部下の行動の振り返りを、上司と部下がペアで行い、お互いの成長につなげる人材育成の方法です。
実施にあたって、上司は部下を「支援する」という気持ちを持つことが大事です。というのも、1on1は、部下の経験を成長につなげる「経験学習モデル」だからです。また、単に部下を育成する場ではなく、上司も一緒に成長していきます。若い部下から教わることは、たくさんあります。部下が成長するのを願い、部下との信頼関係を築いて支援しながら、上司自身も共に成長していきます。さらに、会話によってお互いの理解が深まれば、風通しのよい職場風土がつくられていくでしょう。職場の皆が理解し合うことで、業務効率も高まります。
つまり1on1を実施することによって、上司と部下の相互理解が深まり、部下の成長が促進されるのはもちろん、上司の指導力も高まり、さらには組織も成長していくのです。その結果、組織としての業績も向上することが期待できます。
参考記事:経験学習モデルとは? ~D.コルブが提唱する「経験を学びにする方法」
1on1の3つのステップ
1on1は、準備→面談→行動の3つのステップで進めていきます。ステップ1~3のサイクルを回していくことで、部下はストレッチゾーンの仕事に取り組み、成長していきます。
ステップ1:準備
部下は、仕事を振り返って話す内容を決める
上司は、部下の仕事を観察し情報収集する
ステップ2:面談
部下の決めたテーマについて一緒に振り返り、次の行動の方針を決める
ステップ3:行動
部下は、面談で決めたことを実践し、次の面談に向けて行動を振り返る
上司は、部下の行動をサポートし、次の面談に向けて情報収集する
1on1の失敗事例
こうしたサイクルをうまく回し、上司と部下が共に育っていくというのが理想の1on1なのです。しかし、企業によっては導入したものの成果がでない失敗パターンに陥ることがあります。代表的な失敗事例をご紹介しましょう。
(事例1)ドタキャン・リスケジュールの繰り返し
予定していた1on1の時間に用事が入ってキャンセルしたり、リスケジュールしたりすることを繰り返していると、1on1はうまくいかなくなります。「1on1がどれくらい重要であるか」という価値観が共有されていないために、軽い気持ちで日程変更してしまうといえるでしょう。
(事例2)やらされ1on1
上司が「人事が1on1をやれというからやっている」、あるいは、部下が「また1on1やらされるんだよ」などと思っていると、1on1は絶対にうまくいきません。「やらされている」という感情を持ちながら、建設的な話し合いはできないということです。
(3)思いつき1on1
上司がいきなり思いついたように「1on1をやろう」といって部下を呼び出し、その場で部下の指導を始めたりすると、往々にしてうまくいかないものです。多くの場合、上司の独演会となって、部下の話をまともに聴かずに一方的に進めるため、うまくいかないばかりか、部下の中では反発心が湧いてしまいます。
(4)「話したいことは特にありません」
事前に部下に1on1で話したい内容を決めてもらうことをせず、当日いきなり「今日、何か話したいことある?」と尋ねても、「話したいことは特にありません」と一言で終わってしまうことがあります。これでは中身のある会話ができず、次につながる相談もできません。
こうした失敗にならないように、人事担当者は、まずは、1on1を実施する目的や意義を、上司と部下双方にしっかりと理解してもらいましょう。上司と部下がペアなって、共に成長するという「共育」の考え方をしっかりと伝えることがポイントです。また、事例(3)のような「思いつき1on1」の失敗を防ぐためには、たとえば上司には、「事前のリサーチ」「部下の課題を考える」の2点に重点的に取り組んでもらったり、「育成ノート」を用意して次回のフォローの準備をしてもらったりというフォローができるでしょう。オンラインによるコミュニケーションの環境を整備することも、有効なアプローチの一つです。
1on1は「心理的安全性」の確保が大前提
1on1を実施するうえで大前提となるのが、心理的安全性の確保です。お互いに快く思っていない人同士が行う1on1は苦痛の時間になってしまいます。特に部下が、自分の意見を言うと叱責をうけるかもしれない、という気持ちを持っている場合には、振り返りの段階で躓いてしまいます。
そうならないためには、まず上司の方々が、「この部下を育てたい」「この部下には可能性があるんだ」と思い、相手を信じる気持ちを持つことが大切です。そのうえで、雑談をするなどしてお互いの人となりを理解するよう努め、「私はこんな人間だから安心して話してね」という気持ちで部下に接するようにします。
参考記事:「心理的安全性」とは?「ぬるま湯組織」が若手社員の成長を阻む
1on1の面談の手順
そこで、あらためて、上司側の面談の手順とポイントをご紹介します。
(手順1)握る
1on1の面談では、最初に部下が話したい内容を聞き出し、その日のテーマを共有します。上司と部下がしっかりとテーマを把握することで、有意義な話し合いが可能となります。
(手順2)聴く
上司は「部下がどんな経験をし、何を学んだのか」について、具体的な振り返りを促します。その際、途中で口をはさんだりせず、部下の話を徹底的に「聴く」ことが非常に重要です。
(手順3)行動づくり
部下の話を聴き終えたら、その内容をもとにして、「部下が次に行うべき行動」を決めていきます。効果があった行動をより効果的に改善したり、課題に対して新しいアプローチを検討したりするのです。
(手順4)ねぎらう
最後に必ず部下をねぎらいます。部下に承認と感謝を伝えつつ、「これから一緒に頑張っていこう」という雰囲気づくりをするのです。「一緒に頑張る」気持ちを表すことが大事なポイントになります。
「聴く」ことについて
前述の面談の手順のうち、「聴く」ことについてもう少し掘り下げてみましょう。
「聴く」については、以下のポイントがあります。
(1)相手が自由に答えられる質問(拡大質問)を投げかける
「~についてどう思う?」「~はどうしたらいいと思う?」「それはどんな方法で実現できるかな?」といった質問の仕方をすることで、相手は自分で考えて答えやすくなり、より「引き出す」ことができます。
(2)「詰問調」にならない言葉選び・口調を心がける
「なんでそうなったの?」「君はいつもそうするよね?」といった調子で詰問すると、部下は防御する姿勢になって、言い訳をしたり、心の中で反発心を抱いたりします。このような問いかけはNGです。
(3)「視点を変えさせる質問」を投げかける
議論が行き詰まったときには、いったん相手の主張を受け入れて認めたうえで、「さらにこういう考え方もある」といった話し方を工夫すると、相手を傷つけずに視点を変えさせることができます。
(4)「部下自身の経験から学びを引き出す質問」を投げかける
「今までやってきたことで、うまくいったことは何かある?」「うまくいかなかったことから学んだことは何かある?」といった質問をすることで、自分で考えて振り返り、経験から学べるようになります。
相手の話を「聴く」ときに重要なのは、しっかりとあいづちを打ち、相手にわかるようにうなずくことです。オンラインで実施する場合には、特にリアクションの動作を大きくすることを心がける必要があります。また、相手が話したことを繰り返したり、相手の感情に共感したりすることで、「全面的に話を聴いている」ことを態度で表すのです。
こうした対話の積み重ねによって、例えば「水面下に隠れていた部下の問題行動の原因」を聞き出すことができる場合もあります。このような1on1を行うことで、部下との強い信頼関係が醸成されていくのです。
まとめ:輝いている上司、話を聴く上司のもとで部下が育つ
部下を育てながら上司も成長し、組織全体の成長につながるのが1on1です。また、40代50代の上司たちが、日頃からキラキラと輝いて仕事をしていれば、若い部下たちは仕事に夢を持ち、いつか上司のように生きがいを持って働きたいと願うようになるはずです。もっと突き詰めれば、上司の皆さんが笑っているだけでも組織や部下への貢献になります。笑うことで部下が心理的安全性を保ち、「ここに来てよかった」「この人には話しやすい」と感じて、コミュニケーションが深まるのです。誰も完璧ではありません。少しのことで怒ったりせず、前向きに対話をしていってほしいと思います。
※本記事は2021年10月19日に開催されたPHPカンファレンス「1on1の失敗学」個別セッションでの講演内容から作成しました。
PHPカンファレンス「1on1の失敗学 2021」レポート
2021年10月19日に開催されたPHPカンファレンス「1on1の失敗学 2021」から、中原淳氏(立教大学経営学部教授)の基調講演と、川端絵美氏(日本ユニシス株式会社 人事部組織開発室室長)による事例発表をまとめた資料(PDF)を無料でダウンロードしていただけます。
【講師】正岡紀子(まさおか・のりこ)
人材育成コンサルタント
奈良県出身。同志社大学経済学部卒業後、日本航空株式会社国際線旅客サービス部に所属。その後渡米し、フラワー&インテリアデザインを4年間学ぶ。さくら銀行(現・三井住友銀行)で、日本初のインターネット専業銀行の設立メンバーとなり、ジャパンネット銀行本店営業部に移籍する。人材育成コンサルタントとして独立後、研修登壇回数は2,000回以上、総受講者数は10万人を数える。現在、慶應義塾大学大学院SDM研究科で医療コミュニケーションを研究している。
※写真は、PHPカンファレンス「1on1の失敗学」Zoom画面より(2021年10月19日開催)