部下を育てるほめ方、叱り方~叱れない上司と叱られたい若手社員
2023年10月 2日更新
人材育成の基本は、相手の気づきを促すことです。気づきを誘発するには幾種類ものやり方がありますが、本稿では、部下を「ほめる」「叱る」という観点から、そのポイントを考察いたします。
OJTを支える「ほめる」と「叱る」
企業における人材育成の方法には、Off-JT(職場を離れた教育研修等)、OJT(On the Job Training:仕事を通じた指導)、自己啓発の3つがありますが、もっとも重要なのがOJTです。なぜならば、OJTが日々の仕事を通じて上司が部下を直接指導するものなので、反復的・継続的に実践され、人の成長に対して大きな影響を及ぼすからです。
したがって、上司の指導力のレベルによってOJTの効果が上がったり、下がったりするのは当然の結果と言えます。
では、上司の指導力とは、具体的にどのような力を指すのでしょうか。それは、簡単に言えば「ほめる」「叱る」を効果的に実践する力と言ってもいいでしょう。
参考記事:PHP人材開発「OJTの本質を考える」
部下をほめる目的とは?
上司が部下をほめるのはどのような時でしょうか。例えば、部下が仕事で成果を出した時、上司は「よくやった」とほめてくれるでしょう。でも、がんばっていても成果が出ないこともありますし、逆にそれほど努力していなくてもラッキーな要因があって成果につながることもあります。そうした状況を考慮せず、成果が出たときだけほめるのは、部下に対して間違ったメッセージを与えかねません。
ほめることの目的は、好ましい考えかたや行動を強化することです。主体的に考え行動しようとしている態度や、目標達成のためにあらゆる手を尽くしている行動、過去のやり方にとらわれず、新しいやり方に挑戦し続ける姿勢など、その考えかたや行動を持続させる、あるいはもっと徹底させたいときに、ほめるという行為が効果を発揮するのです。
したがって、「アウトプット」をほめるよりも、好ましい「プロセス」をほめてあげたほうが、相手の成長に対してプラスの効果が得られるでしょう。そして、プロセスをほめるためには、日頃から上司は部下をよく観察しておく必要があることは言うまでもありません。
部下を叱る目的とは?
管理職の方がたの中には、叱るのが苦手だと言う方が多いです。なぜ、叱ることにためらいを感じるのでしょうか。それは、叱ることで部下との人間関係にひびが入るのではないかという懸念や、「パワハラ」と言われてしまうことの不安、等を感じているのかもしれません。
このように、上司にとって叱ることは負担が大きいのですが、なぜ叱る行為が必要なのでしょうか。叱る目的は、誤った考え方や行動をしている人に、みずからの過ちに気づかせ、正しい方向へ改めるよう導くことです。
お客様のことよりも自分の都合を優先して仕事をしていたり、目標達成のためには不正をしても仕方がないという考え方をもっていたり、相手に対する配慮に欠けるような行動があった場合等は、即時その場で相手を叱る必要があります。
その際、叱るべき事実を、感情を入れずにストレートに伝えるとともに、それに対してどのような受け止めをしたか、相手の言い分に耳を傾けることがポイントです。「伝える」と「聴く」の両方がないと、相手の内側に「一方的に責められた」というしこりが残ってしまいます。叱る時は、いつも以上に双方向のコミュニケーションを心がけることが重要です。
「ほめる」と「叱る」のどちらが大事なのか
人を育てるうえで、「ほめる」と「叱る」のどちらが大事なのかという議論がしばしば展開されます。しかし、「ほめる」をやり過ぎると慢心につながり、相手の成長を止めてしまうかもしれませんし、「叱る」をやり過ぎると、自己肯定感を下げ、受け身の姿勢を助長してしまうかもしれません。
大切なのは、相手の状況に応じて適時適切にほめる、叱るを使い分けることです。そのためには、日頃から部下をよく視て、相手の状況を理解しておく必要があります。
ラグビー日本代表の元・ヘッドコーチ エディ・ジョーンズ氏は、「良き指導者は良き観察者である」と述べています。
表面的な事象だけを見るのではなく、相手の心理状況までもくみ取ろうという意識で観察することで、ほめる、叱るをうまく使い分けられるようになり、OJTの精度も上がっていくでしょう。
部下を叱れない上司と叱られたい若手社員
人を育てるためには、ある程度の厳しさが必要です。ところが、最近は「厳しさ」よりも「ゆるさ」が蔓延した職場が増えているようです。ゆるい職場は、責められたり、追い詰められることがないので、ストレスフリーな快適ゾーンと言えます。このような職場は一見するといい職場に見えますが、そこでは人は挑戦しなくなるので成長が鈍化してしまいます。
ではなぜ、ゆるい職場が増えているのでしょうか。その理由は、上司が部下を叱らなくなった(正確には「叱れなくなった」)からだと思われます。厳しく叱ると「人間関係が壊れるのではないか」「ハラスメント事案になるのではないか」といった懸念や不安が上司の内面にあって、これが叱る行為にブレーキをかけるのです。
叱られることを望む若手
叱るという行為を「叱られる側」から見てみると、違った側面が明らかになります。ある調査(※1)によると、叱られることに対する受け止め方が年代で異なる傾向があると報告されています。
下図に示されているように、上司から「叱られたい」「どちらかといえば叱られたい」と答えた人の割合が、若い世代ほど高くなっていることがわかります。
そして、叱られることを肯定的に受け止めている人たち(129人)にその理由を聞くと「自分の成長につながるから」という回答が最も多く(68.2%)、次いで「自分をみてもらえている気になるから」「客観的な評価が欲しいから」(共に48.1%)が続きました。
この結果から推論するならば、成長願望の強い若手社員ほど、間違った考え方や行動を取ったときには、きちんと上司に叱ってほしいと考えているということです。
※1 (株)ライボの調査部門『Job総研』が、682人の社会人を対象にオンライン上で実施した「2023年 上司と部下の意識調査」
松下幸之助の叱り方
人づくりの名人と言われた松下幸之助(PHP研究所創設者/パナソニック創業者)。彼の人材育成に関するエピソードを見ていると、それらの中には矛盾するような言説や行動が含まれていることに気づきます。
幸之助は「赤字は罪悪である」という信念から、赤字を出した部門責任者には厳しい態度で臨みました。昭和30年代後半、松下電器(現パナソニック)のある部門責任者N氏が、赤字決算の報告を幸之助にしたところ、烈火の如く叱られ「赤字を出すような奴は、罪人と一緒だ」「赤字を出しているということは納税していないことだ。だから、税金で作られた公共の道を通るときは端っこを通れ!」と罵倒されました。
同時期、別の部門責任者A氏が、同じように赤字決算の報告をしたところ「来年あたりから経営がよくなるから、辛抱しいや」と励まされたそうです。
なぜ幸之助は同じような状況でも、叱ったり、励ましたり、矛盾するような関わり方をしているのでしょうか。その理由は、幸之助の視点の置き場にあります。
幸之助は、赤字という「事象」だけを見ているのではなく、その状況を作っている当事者がそのことをどのように受け止めているか、「心の状態」を視ているのです。つまり、赤字になる原因を他責にしている相手は厳しく叱責しますが、責任を感じ、何とか黒字化させようと本気になっている相手に対しては励まし、勇気づけていたのです。
幸之助は著書の中で、次のように述べています。
人間の心というものは、どのようにも動く。(中略)経営なり日々の活動を進めていく上においては、そういう幅広い動きをする人間の心というものを、十分に認識しておくことが大切ではないだろうか
「心の状態」を視る
人の成長と気づきは強い相関関係にあります。気づいている相手には、承認や励まし、勇気づけによって、行動を後押ししてあげればいいですが、気づいていない相手に対しては、叱責を伴う厳しめのアプローチが必要になるのです。
したがって、相手が気づいているか否か、察知する能力が指導者には求められます。良き指導者は良き観察者です。人を育てる立場にある方には、相手を表面的に「見る」のではなく、内面の心の状態までも「視る」というスタンスで、向き合っていただきたいと思います。
的場正晃(まとば・まさあき)
PHP研究所 経営共創事業本部 本部長
1990年、慶應義塾大学商学部卒業。同年PHP研究所入社、研修局に配属。以後、一貫して研修事業に携わり、普及、企画、プログラム開発、講師活動に従事。2003年神戸大学大学院経営学研究科でミッション経営の研究を行ないMBA取得。中小企業診断士。