部下を叱れない管理職にアドラー心理学からアドバイス
2017年4月11日更新
部下を叱れない管理職が増えています。「叱ると会社を辞めるのではないか」「メンタルダウンを起こしてしまうかもしれない」という危惧から苦手意識をもつ方も多いのですが、今回は、人材開発担当としてどうアドバイスすればいいのか、アドラー心理学に学びます。
【質問】私はこれまで数名の部下しかもったことがありません。はじめて部下をもったのは30代前半で、きちんと指導しなければと、失敗や不十分な行動を毎回厳しく叱責していたところ、その部下は3カ月も経たずにメンタル不全で会社を休むようになり、半年後には退職してしまいました。それから私は、「部下を叱らない」と決心し、実践してきました。この春の移動でサブマネージャーに昇格し、10数名の部下をもつことになったのですが、今後もこの姿勢は変えたくありません。部下が増えれば、失敗や行動に歯がゆさを感じることも増えると思うのですが、叱らずに対処するにはどうすればよいか教えてください。(42歳男性 自動車メーカー 商品企画部 サブマネージャー)
部下を叱れない管理職が増えている
上記のご相談ですが、この方ははじめての部下を度重なる叱責でメンタル不全にし、退職まで追い込んだことを、「劣等コンプレックス」あるいは「トラウマ(心的外傷)」として捉えていると考えられます。アドラー心理学では、劣等コンプレックスもトラウマも、心のもち方で克服できるとしています。克服法は本サイト内の記事「自分の意見を主張できない入社3年目の女性社員」を参照してください。
「部下を叱れない」というのは、この方だけの問題ではないでしょう。私が担当する管理職研修で、「部下を叱るのが苦手な方は?」ときくと、実に7割の受講生が手をあげます。理由を尋ねると、「パワハラになったらどうしよう」「部下が出社しなくなったら大変だ」というのがほとんどです。
「相互尊敬」「相互信頼」がカギ
この問題の解決策は、部下との間に「相互尊敬」「相互信頼」を築くことだと考えます。「相互尊敬」「相互信頼」がしっかりと築かれていれば、部下を叱ることで、パワハラ上司扱いをされたり、部下が会社に出てこなくなったりすることはありません。
アドラー心理学における「尊敬」とは、仰ぎたてまつる上下関係ではなく、「人それぞれに年齢・性別・職業・役割・趣味などの違いがあるが、人間の尊厳に関しては違いがないことを受け入れ、礼節をもって接する態度」と定義し、横の関係とみます。同じく「信頼」とは、「根拠(担保)を求めずに無条件に信じること」と定義しています。「相互尊敬」「相互信頼」とは、お互いが相手に対し、この「尊敬」「信頼」の気持ちをもつ状態のことです。そして、こうした関係を築くためには、上の立場の人間が、より早く、より多く、下の立場の人間を尊敬・信頼することが必要だと考えます。つまり、部下からの尊敬・信頼を待っていては、いつまでたっても「相互尊敬」「相互信頼」の関係は生まれないということです。
では、日々指導するべきは指導しつつ、上司の側から、より早く、より多く、部下に対して尊敬・信頼を示すには、どうすればよいのでしょうか?
それは、「ほめる・叱る」指導をやめ、「勇気づける」指導に変えることです。勇気づけを実践すれば、「相互尊敬」「相互信頼」の関係が育ちます。さらに、その関係をベースとした「共同体感覚(組織という共同体に貢献しようという感情)」が組織のなかに生まれ、「こんなことを言ってパワハラと言われたらどうしよう」「叱ったせいで部下が出社しなくなったら大変だ」というような指導に関する悩みは、自然と消滅していくでしょう。
「ほめる・叱る」指導ではなく、「勇気づける」指導を
「ほめる・叱る」の指導法は、上の立場から部下の適切な行動を評価し、失敗や不適切行動には叱って自分がよいと信じる行動を強制する、アメとムチの「操作型リーダーシップ」です。一方、「勇気づける」指導法は、横の立場から部下の適切な行動・失敗・不適切な行動に対して、共感的な態度で「どうすればよくなるか」を一緒に考える「自発誘導型リーダーシップ」です。とはいえ、「ほめる」と「勇気づける」はまったく別物というわけではありません。両者の重なっている部分が「ヨイ出し」です。
部下を成長させる「ヨイ出し」、部下を委縮させる「ダメ出し」
「ヨイ」とは、「適切な行動」のことです。「遅刻をしない」「あいさつをする」「お茶をいれる」「会議の準備をする」「電話をとる」「報告をする」など、「善行」を含む「当たり前の行動」です。「当たり前の行動」は、数え上げればきりがないでしょう。通常、職場における部下の行動全体を100%とすると、95%くらいは「適切な行動」をしていると考えられます。しかし、そうした適切な行動は「当たり前」であるため、多くの上司は気にかけません。身近な人の当たり前の行動に対しては、かなり意識していないと記憶に残らないのです。
「ヨイ出し」とは、この「適切な行動」に注目し、そのことに対して積極的に相手に伝えることです。「尊敬」「信頼」の気持ちをもって相手に接し、適切な行動に対して「ヨイ出し」をする。それによって、部下は「あの上司は自分ことをしっかりと見てくれている」と感じ、上司に対する「尊敬」「信頼」を育んでいきます。また、自分にできていることを人から認められることで自己肯定感も高まり、やる気も生まれてくるでしょう。その繰り返しによって、やがて自分で自分を勇気づけられるように育っていきます。
ところが、多くの上司は、たかだか5%くらいしかない「不適切な行動」に着目して声をかけがちです。これはいわゆる「ダメ出し」です。人は、ある行動に対して注目されるとその頻度が上がる傾向があります。つまり、「不適切な行動」に「ダメ出し」をすればするほど、その行動の頻度が増えてしまうのです。また、「ダメ出し」は否定的な言い方になったり、威圧的になりがちだったりします。それでは部下の心に緊張感が生まれてしまい、「相互尊敬」「相互信頼」の関係を育んでいくことはできません。さらには、失敗するのではないかと行動そのものが委縮したり、逆ギレにつながったりというおそれもあります。
部下の成長を願うのなら、「適切な行動」に着目し、積極的に「ヨイ出し」していくことが求められるのです。
正しい部下指導 5つのステップ
しかしながら、いくら「ヨイ出し」が大切だといっても、ただ「ヨイ出し」さえしていればよいというわけにはいきません。部下の失敗や「不適切な行動」に対して指導をしなければ、その行動が再発する可能性があります。そこで、正しい指導の与え方を、5つのステップでご紹介しておきましょう。
(1)「ヨイ出し貯金」の作成
常日頃、部下の適切な行動に着目し「ヨイ出し貯金」をしておきます。多くの部下をもつと忘れてしまうことが多いので、ノートかPCに記録することをおすすめします。
(2)指導するときは1対1
指導するときは他者がいない場所で、2人きりで話すようにします。
(3)部下の認知(私的論理)の明確化
失敗や「不適切な行動」を、部下がどう受け止めているのか、また今後どう改善すべきかを聴きます。部下の話が途切れたら5秒くらい待って、「それで?」と尋ねます。聴いて聴いて聴きまくります。これを何度か繰り返します(最低3分間)。
(4)自分の認知(私的論理)と部下の認知(私的論理)の擦り合わせ
部下からこちらの意見を聴きたいという意思が示されれば、(1)の貯金のなかから旬な事例を2~3とり上げ、「私は常日頃あなたを見ていて、2点よい点があると思います。1点目は○○です。2点目は○○です。これは私見ですが、今回の▲▲を△△に改めると、問題は改善されると思うけど、あなたはどう思う?」というふうに伝え、今後どう行動していくかを一緒に考えます。
(5)自分の感情と感謝を伝える
「いい話し合いができて助かったよ」「あなたの思いを聴けて嬉しいよ」など、自分の嬉しい感情を伝え、最後に「報告(相談)してくれて、ありがとう」と、感謝の意を伝えます。
上記の5つのステップを実行するのは、「自分にはハードルが高いな」「実行するのが面倒だな」という管理職の方がいるかもしれませんが、アドラー心理学では、あなたが「変われない」のは、「あなたが変わらないという決断をした」と考えます。
アドラーの弟子のシドニー・マーティン・ロスという人が、ある日アドラーに「自分の性格を変えるのは、いくつになったら手遅れですか?」という質問をしたところ、アドラーは「死ぬ1~2日前かな」と答えたという逸話があります。人は、自分さえそうと決めれば変わることができるのです。
部下との「相互尊敬」「相互信頼」をベースとした「共同体感覚」を職場に醸成したいと思うなら、少々面倒くさくても、まずは上司が自分自身を変革することを考えるといいでしょう。
【著者プロフィール】
宮本秀明(みやもと・ひであき)
1982年、スタンフォード大学中退。広告業界から数社の研修会社を経て、現在、有限会社ヒューマン・ギルド法人事業部長兼シニアインストラクター。ロジカルシンキング、ファシリテーションからマナー教育まで、幅広いコミュニケーションの研修を担当。米国と日本双方のビジネス経験を生かし、それぞれのよさを融合させた、和魂洋才型の研修プログラムを独自に開発。受講生の目線に立った習得しやすいカリキュラムの構成力、やる気を促す講師手法には定評がある。著書に、『マンガでよくわかるアドラー流子育て』(岩井俊憲監修、かんき出版)、PHP通信ゼミナール『リーダーのための心理学 入門コース』(監修:岩井俊憲、執筆:岩井俊憲・宮本秀明・永藤かおる、PHP研究所)などがある。