イノベーションをもたらす「デザイン思考」とは?
2021年7月14日更新
「デザイン思考」は、顧客起点で創造的な製品・サービスを生み出すための手法として注目され、日本でも、ここ10年ほどの間にあらゆる分野で活用されるようになってきました。本稿では、その定義や注目される背景、企業での成功事例、基本ステップをご紹介します。
「デザイン思考」とは?
「デザイン思考」は、「顧客の真のニーズを捉え、それに対する適切な解決策を示すプロダクトデザイナーの考え方を体系化したもの」と定義されています。プロダクトデザイナーとは、主に製造業において、さまざまな商品の開発に携わる専門家のことです。プロダクトデザイナーたちは、商品価値の向上を通して、生活文化の創造や産業競争力を高めることに貢献しています。
日本語で「デザイン」というと、衣装や調度品、工業製品の形状や色彩を考えること、あるいはグラフィックデザインなどをイメージされる方が多いかもしれません。しかし、英語でいう「デザイン」には「新しい物をつくる」という意味合いが含まれているのです。
「デザイン思考」が注目される背景
では、「デザイン思考」は、なぜ注目されるようになったのでしょうか。
一つには、「VUCAの時代」とも呼ばれる現在の経済・社会環境が背景にあります。「VUCA」とは、Volatility(変動性・不安定さ)、Uncertainty(不確実性・不確定さ)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)という4つのキーワードの頭文字を取った言葉です。つまり企業で働く人は、変化が激しく、過去の常識や成功パターンが通用しない、複雑でとらえどころのない、かつ先行き不透明な、非常に難しい環境の中で、顧客に選ばれるための価値の創造に取り組んでいかなければならないわけです。
また、今はインターネットの普及によって、手元にあるスマートフォンで、さまざまな商品・サービスの情報を得ることができる時代です。企業は、多くの商品・サービスのなかから選びとってもらうために、顧客の真のニーズを捉え、それを満たすための商品開発に取り組む必要に迫られています。顧客が抱える課題の背景にある本当の課題は何か。その原因や根本的な問題を発見し、それを抜本的に解決する方策を打ち出すことが求められているのです。
「デザイン思考」が目指すアウトプットは「今まで誰も考えていない、あるいは考えられたことはあっても何らかの理由で実現できていない創造的な製品・サービス」です。すなわち、「デザイン思考」では、イノベーション創出に挑戦するのです。そこに「デザイン思考」を学ぶ真の意義があるといっていいでしょう。
「デザイン思考」が生み出した企業の成功事例
1990年代に、「デザイン思考」が注目を集めるきっかけとなったビジネスモデルをご紹介しましょう。米アップル社の最初の商用マウスをデザインしたことで知られる、シリコンバレー発祥のデザインコンサルティング会社IDEO(アイディオ)が、バンク・オブ・アメリカと共同で開発した「キープ・ザ・チェンジ」という金融サービスです。
「キープ・ザ・チェンジ」とはご存じの通り、「お釣りは結構です。とっておいてください」という意味の慣用句です。具体的には、バンク・オブ・アメリカの口座と紐づけられたデビットカードを使ってユーザーが買い物をした際、1ドル以下の金額を繰り上げた額が、いったん引き落とされ、そこで発生する何セントかの差額分が、自動的にユーザー自身の預金口座に貯蓄されるという仕組みです。デビットカードを利用することで、買い物のたびに少しずつ自動的に貯金ができる、この仕組みが受け入れられて、サービス開始から数年のうちに5万人以上のユーザー登録があったといわれています。
これは、もともとはデビットカードをもってもらおうというプロジェクトなのですが、そもそもアメリカのベビーブーマー世代の人たちには、なかなか貯金ができないという問題がありました。彼らのレジでの行動を調査すると、お金を支払って1ドル未満の細かいおつりがでると募金箱に入れる、あるいは小銭のまま自宅でどこかに置いてしまったり、使わなかったりする、ということがわかりました。
ところが、このカードで買い物をすると、支払金額が7.25ドルの場合、普通口座から8ドルが引き落とされ、残りの75セントが預金口座に回されます。つまりユーザーは、お釣り(チェンジ)を貯金箱に入れる代わりに、手間をかけずに銀行に貯金ができることになり、いつの間にかお金が貯まるという楽しみが与えられたわけです。
デザイン思考の基本ステップ
ここからは「デザイン思考」の内容について解説します。
「デザインのダブルダイヤモンド」とは?
「デザイン思考」を企業のプロジェクトチームで具体的に実行するには、「正しい問題を見つける」段階と「正しい解決を見つける」段階という2つのプロセスを経る必要があります。下の図をご覧ください。
まずは「顧客の真のニーズ」を見つけ出すため、ビジネス上の何らかのテーマについて、「そこに潜んでいる可能性のある問題」を、チーム全員でできるだけたくさんピックアップします。互いの意見を否定せず、議題はおおまかに設定し、「質より量」のイメージで、とにかくあらゆる可能性を検討するのです。量を求めるので「拡散」している状態といえます。
次に、数多く出された問題点の中から、本当に重要な問題、解決すべき主要な問題を絞り込んでいきます。ここでは質を求めるので「収束」している状態です。
「正しい解決を見つける」フェーズにおいても同様に、多くのアイデアを出し合い(拡散)、そこから絞り込んでいきます(収束)。
この時間の経過において、ふたつのダイヤモンドが形成されることから、「ダブルダイヤモンド」という名前がつけられています。ここで大切なのは「今は拡散と収束のどちらを行うべきなのか」をしっかりと認識することです。
「デザイン思考」の6つのステップ
「正しい問題」と「正しい解決」を見い出し、具体的な商品化(サービス創出)につなげていく「デザイン思考」は、次の6つのステップを踏んで進めていきます。
(1)理解
ターゲットユーザーを定め、ユーザーの抱える問題の仮説を立てる最初のステップです。
(2)観察
ユーザーの抱える問題を深堀りして、仮説の検証と変更を行ないます。
(3)視点の定義
問題の定義づけを行ない、どの問題を解決するかを決めます。
(4)アイデア発想
定義した問題に対して、最適な解決策を考えます。
(5)プロトタイプ
アイデアを形にして、プロジェクトチームの内外に共有し、即興での実証実験を行ないます。
(6)テスト
実際に商品として機能するかどうかの最終確認作業を行ないます。
これを前述の「ダブルダイヤモンド」に当てはめると、(1)(2)が「正しい問題」を見つけるためのアイデアの「拡散」、(3)がそのアイデアの「収束」、(4)(5)が「正しい解決」を見つけるためのアイデアの「拡散」、(6)がそのアイデアの「収束」となります。
デザイン思考では、すべてのステップを一巡したからといって、答えが見つかるとは限りません。必要に応じて各ステップを繰り返したり、行ったり来たりすることが少なくないのです。「一度でうまくいくはずがない」というのは、当たり前のように聞こえるかもしれませんが、ユーザー調査やプロトタイプの制作といった労力をかけた後にステップをさかのぼるとなると、本人のモチベーションが下がってしまったり、周りが不安を感じたりすることもあります。しかし、中途半端に終えてしまうほどもったいないことはありません。オープンな思考で試行錯誤を繰り返し、イノベーションの実現を目指す意欲的な姿勢を大切にしたいものです。
※本記事は、PHP通信ゼミナール『顧客視点からはじめる「デザイン思考」入門コース』のテキストを抜粋・編集して制作しました。
PHP通信ゼミナール
『顧客視点からはじめる「デザイン思考」入門コース』
「デザイン思考」を学ぶための中堅・若手社員向け通信教育講座。テキストでの学習とテストでの理解度の確認を通して、ユーザーの課題を発見し解決する力を鍛えることができます
森末祐二(もりすえ・ゆうじ)
フリーランスライター。昭和39年11月生まれ。大学卒業後、印刷会社に就職して営業職を経験。平成5年に編集プロダクションに移ってライティング・書籍編集の実績を積み、平成8年にライターとして独立。「編集創房・森末企画」を立ち上げる。以来、雑誌の記事作成、取材、書籍の原稿作成・編集協力を主に手がけ、多数の書籍制作に携わってきた。著書に『ホンカク読本~ライター直伝!超実践的文章講座~』がある。