アンガーマネジメント教育・研修のすすめ~クレーマー対応、パワハラ対策にも役立つ
2019年5月31日更新
アンガーマネジメントは、悪質なクレーマーへの対応や、パワハラ対策にも役立てることができます。それぞれ具体的に解説していきます。
悪質なクレーマーが労働環境を悪化させている
近年、消費者が企業に対して理不尽ともとれる苦情をぶつけてくる「悪質なクレーマー」が増加し、社会問題になっています。
全国繊維化学食品流通サービス一般労働組合同盟が2018年に実施した悪質クレーム(迷惑行為)に関するアンケート調査によれば、「業務中に来店客からの迷惑行為に遭遇したことがある人」は、なんと75%に達していました。また、悪質クレームであっても、企業側の顧客第一主義やSNSでの拡散の恐れから、毅然とした態度を取るのはなかなか難しいのが現状で、悩んで心身に支障をきたした人も少なくないといいます。
理不尽なクレームを突きつけられると、どうしても怒りが湧いてくるものですが、相手がお客様だけに、強く反論することもなかなかできません。同調査では、暴言などの迷惑行為に対して、「謝り続ける」「上司に引き継ぐ」といった対応がほとんどで、「毅然と対応」できたのは25%程度にとどまるという実態が報告されています。
アンガーマネジメントをクレーマー対応に役立てる方法とは?
このような悪質クレーマーに対応する具体策はあるのでしょうか。
PHP通信ゼミナール『「アンガーマネジメント」実践コース』では、「クレームに対するアンガーマネジメントのテクニック」が紹介されています。
例えば、カウンセリングやコーチングなどでは、お互いに「話しやすい状態」をつくるために、相手と話すスピードを合わせる「ペーシング」、相手と同じ仕草をする「ミラーリング」、相手の言葉をオウム返しに繰り返す「バックトラック」といったテクニックが使われています。
アンガーマネジメントでは、これを「逆手に取った方法」でクレームに対応します。つまり、クレーマーにとって「話しづらい状態」をつくることで、相手の勢いをそいでしまうのです。具体的には、「早口で話す人にはゆっくりとしたスピード」で話します。「大声で話す人には小さな声」で返事をします。「暴力的な言葉を使う人には丁寧な言葉」で答えます。
こうした対応をすることで、相手はだんだん「話しづらい」と感じるようになり、クレームを中断せざるを得ない状況をつくることができます。悪質なクレーマーに対しては、「相手の態度と逆の対応をする」というテクニックが有効なのです。
パワーハラスメント~上司と部下の認識のズレ
さて、近年「パワーハラスメント」という言葉をよく耳にするようになりました。主に上司が部下を叱ったり、指導したりした際、それを相手が「行き過ぎている」「理不尽だ」と感じたときに、「パワーハラスメントを受けた」という認識が生まれます。
受け取り方にはもちろん個人差がありますが、「パワハラだと認識しているかどうか」について、上司と部下とでは大きな隔たりがあることがわかっています。日本アンガーマネジメント協会が2016年3月に行った調査によれば、叱った上司の66.3%が「パワハラだとは思わない」と回答しているのに対し、叱られた部下の53.8%が「パワハラに該当する」と回答しました。いっぽうパワハラだと思っていない部下は26.8%にとどまっています。
上司の側からすれば、「最近の若い社員は何でもかんでもパワハラだとか言って、ちっとも根性がない」といった認識でいるかもしれませんが、そもそもこれだけ意識に差があること自体が大きな問題だといえるでしょう。
パワーハラスメント対策は中小企業で遅れている
厚生労働省は、パワーハラスメントを次のように定義しています。
「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」
また、パワーハラスメントは次の6つのパターンに分類されています。
(1)物を投げつけたりする「身体的な攻撃」
(2)高圧的に叱り続ける「精神的な攻撃」
(3)その人を除け者にする「人間関係からの切り離し」
(4)物理的に不可能な量の仕事を課す「過大な要求」
(5)仕事をほとんど与えない「過小な要求」
(6)プライバシーを侵害する「個の侵害」
企業の規模によって、パワハラ対策を講じているかどうかの割合は大きく変わります。
従業員が1,000人以上の企業では比較的対策が進んでいますが、従業員99人以下では具体的な対策がなかなか講じられていないという調査結果もありました。
人材の確保が難しい時代、せっかく入社した若手の早期離職は、企業にとって大きな痛手となります。中小企業の経営者・人事担当者にとっても、アンガーマネジメントの社員教育への導入を含めたパワハラ対策は大きな経営課題になってきているといえるでしょう。
パワハラ対策にもアンガーマネジメント
一方、最近では、「パワーハラスメント」への意識が向上したことによって、「部下を叱れない上司」も多くなってきました。上司の側はさほど強く叱ったつもりはなくても、部下に「パワハラだ」と受け取られて社内で問題となったり、叱られた社員がすぐに会社を辞めてしまったり、「ブラック企業だ」などとインターネットで拡散されたりすることがあります。そのような事態を恐れて、上司が部下を叱りにくくなってしまったのです。
また「叱る」といっても、どこか漠然としていて、具体的にどうすればいいのかがわかりにくい面もあります。おそらく「叱る」とはどういう行為なのか、どうすれば上手に叱れるのかについて、具体的に考えたことがない人が大半でしょう。
アンガーマネジメントにおいては、「部下を叱ること」を次のように定義しています。
(1)相手へのリクエスト
(2)自分の気持ちを伝える手段
このように考えると、叱ることの意味が明確になるのではないでしょうか。部下のミスや間違った行動に対して、「君はこのようなミスをして、このような結果を招いたが、これに対して今回はこのように処理してほしい。そして次からはこのように取り組んでほしい」という「リクエスト」をすればいいのです。さらにつけ加えて、「あくまでも君の成長のためにいっていることなんだよ」といった気持ちを伝えれば、上手な叱り方になるはずです。
よくない叱り方とは、自分のそのときの機嫌しだいで怒ったり、相手の人格を否定したり、過去にさかのぼって叱ったりすることです。
上司・部下の間で日頃から信頼関係を構築しておくことはもちろんですが、上司が叱る基準を明確にして、的確なリクエストを穏当な言葉で伝えるという態度で臨めば、部下の前向きな対応が引き出せるのではないでしょうか。
職場のさまざまな場面で役立つアンガーマネジメント、ぜひ貴社の社員教育にも導入をお勧めします。
※本記事はPHP通信ゼミナール『「アンガーマネジメント」実践コース』を抜粋・編集して制作しました。
森末祐二(もりすえ・ゆうじ)
フリーランスライター。昭和39年11月生まれ。大学卒業後、印刷会社に就職して営業職を経験。平成5年に編集プロダクションに移ってライティング・書籍編集の実績を積み、平成8年にライターとして独立。「編集創房・森末企画」を立ち上げる。以来、雑誌の記事作成、取材、書籍の原稿作成・編集協力を主に手がけ、多数の書籍制作に携わってきた。著書に『ホンカク読本~ライター直伝!超実践的文章講座~』がある。