ロミンガーの法則~企業人が学び続ける方法とは?
2021年9月 6日更新
社会情勢の変化やテクノロジーの飛躍的な進展を背景に、生涯学び続ける重要性が増しています。仕事を抱える大人が、限られた条件のもと、効果的に学習するためにはどうすればいいのか、本稿では考えてみたいと思います。
「ロミンガーの法則」とは?
企業人の効果的な学習について議論する際、必ず引用されるのが「ロミンガーの法則」です。米国の調査機関・ロミンガー社の調査によれば、経営幹部としてリーダーシップを発揮している人たちに「どのような出来事が役立ったか」について聞いたところ、"70%が経験、20%が薫陶、10%が研修"という結果が明らかになりました。
つまり、人が成長する上で、もっとも影響を受けるのが「日々の仕事経験」を通じた学習であり、その次に「さまざまな人からの指導・助言」、そして研修や自己啓発を中心とした「能力開発」がそれに続くということなのです。
仕事を通じて学習するための2つの観点
「人がもっとも成長するのは仕事を通じた経験(学習)である」という概念は、ロミンガーの法則だけが主張しているわけではなく、それ以外の学説や教えの中にも多数見出すことができます。例えば、陽明学の基本的な考え方である「事情錬磨(じじょうれんま)」では「真の学問は、日常の行為から離れた思索のうちにはなく、日々の生活や行動を通して修養するものである」とされています。
経験を成長につなげるための2つの観点
このように古今東西の英知に従えば、成長するためには日々の仕事(≒実践)を大切にするべきなのです。ただし、漫然と仕事をしても成長はできません。仕事を通じた経験から学習し、成長につなげるためには、以下の2つの観点が必要です。
1つめは、ストレッチ目標に向かって背伸びをしながら仕事をすることです。ある経営者は、「100の力がある社員に130やらせないと会社は伸びない。200やらせると危ない」という発言をしています。自分の保有能力に20~30%の上積みをしたレベルの目標を設定し、それに取り組むことが個人の成長、組織の発展につながるというのです。定期的に、常に自らを客観視し、二~三割増しの仕事をしているか、自己点検する習慣が大切になります。
2つめの観点は、同じことの繰り返しにならないように心がけながら仕事に取り組むということです。
フランスの哲学者ドゥルーズは、「差異と反復」(※1)という概念を主張しました。わかりやすく言えば、仕事をする際、やり方や考え方を変えずに機械的に同じ作業を繰り返す(=反復)のではなく、もっと早く、もっと効果的にできないか、等を考えながら、新しいやり方(=差異)を生み出すことが大切だということです。
反復からはマンネリとモチベーションの低下が生まれ、成長が鈍化しますが、差異からは新たな気づき(学習)とやりがいが生まれ、成長が促進します。
※1 『差異と反復』(ジル・ドゥルーズ著・財津理訳/河出文庫)
人とのかかわりを通じて学ぶ
ロミンガーの法則が主張する「薫陶」の大切さに異論を唱える人は少ないでしょう。これまでの人生において、親や学生時代の恩師、先輩等々、たくさんの人から薫陶を受けて、今の自分があるはずです。そうした人たちが、どのような思いで自分を支えてくれたのか、そこに思いを至らせると感謝の気持ちが生まれますし、これからの自分の人生を大切にしないといけないという思いが強くなるでしょう。
人とのかかわりの中で成長していくのは、会社生活においても変わりません。仕事を通じてご縁のできた人たちは、自分に対していろいろな情報や意見(フィードバック)を提供してくれるでしょう。もちろん耳の痛いことや受け入れがたいものもあるかもしれません。でも、そこから得られる気づきが、自らの自己認知(自分の課題を知る)を高め、成長を促進してくれるのです。
また、仕事を通じて出会う人の中には、そりが合わない人、苦手な人、嫌いな人も必ずいるものです。でもそうした人たちでさえ、自分になにかを教えてくれる存在なのです。苦手な人の言動、尊敬できない人の考え方やふるまいからも、反面教師的に何らかの学びを引き出せるはずです。
大切なことは誰に対しても壁をつくらず、オープンな姿勢(≒素直な心)を保つことです。そのことが、自らの成長を力強く後押ししてくれるでしょう。
自己啓発の落とし穴
変化の激しい時代、新しい知識をインプットし続けることが大切であるのは第3節で述べた通りです。ただ、自己啓発を行う場合は、やみくもに取り組んでも成果が上がりません。
成人発達理論(※2)の考え方では、得た知識に自分のことばをあてはめ、自分なりの持論を形成する行為を通じて成長が実現するとされています。つまり、読書やセミナー、eラーニング等で学習しても、知識を得るだけで終わっていては成長につながらないのです。
過去、自己啓発に取り組んだけれど、期待する成果が出なかったという体験をお持ちの方は、このような落とし穴にはまっていたのかもしれません。
※2 人間の成人以降の成長・発達に焦点をあてた心理学の理論
松下幸之助が言う「本読み」とは?
ここで関連するエピソードをご紹介しましょう。松下幸之助は、かつて「PHPゼミナール」の会場を訪れ、受講者に対して次のようなメッセージを贈ったことがありました。
セミナーに参加してもらって、どうもありがとう。(中略)この研修を受けて、それぞれ各自の持ち味を生かさんとあかんな。これはひとつの共通的な考え方やな。このときはこういうようにやったけどな。今、時代も変っているからな。そのまま通用するかどうかわからん。けどね、その精神を現在の時代なり、現在の商売の状態に合わして自分で考えないといかん。そうでないと"本読み"になってしまうわけや。それでは具合悪い
1978年1月26日 PHPゼミナール「経営道コース」での挨拶)
幸之助が言う"本読み"とは、得た知識・情報を鵜呑みにすることを意味しています。彼が言いたかったのは、「知識を漫然とインプットするのではなく、自分の頭で考え抜いて持論を形成せよ」ということなのです。
日々考え、付加価値を生み出すこと
情報が氾濫している現代において、ネットを検索すれば欲しい情報を手にすることができます。ということは、情報を保有しているだけでは、他者との差別化にはなりにくいのです。だから、得た情報を自分なりに解釈して独自の意味を見出したり、新たな発想を通じて独創的なアイデアに転換するなど、情報に付加価値を加える習慣をつけることが大切です。そしてその習慣を通じて、プロフェッショナルとしての成長が促進されるのです。
的場正晃 (まとば・まさあき)
PHP研究所人材開発企画部部長。1990年、慶應義塾大学商学部卒業。同年PHP研究所入社、研修局に配属。以後、一貫して研修事業に携わり、普及、企画、プログラム開発、講師活動に従事。2003年神戸大学大学院経営学研究科でミッション経営の研究を行ないMBA取得。中小企業診断士。