事例で学ぶパタハラ~「知らなかった」が原因の育休取得トラブルを防ぐために
2022年5月26日更新
改正育児・介護休業法の施行によって、上司の「知らなかった」ことが原因で育休取得に関するトラブルが発生する懸念が高まっています。どのような言動がパタハラにつながる恐れがあるのか、事例から学びます。
事例:育休を申請しようとする男性社員
まず、事例をご紹介します。どこに問題があるのかを考えながらお読みください。
[4月]
私(30歳・男性)の妻が妊娠しました。出産予定日は年末です。妻は「生まれてすぐは不安もあるから、できれば育休をとってほしい」と言っています。私自身、男性の育休が世間でも話題になっていますし、会社にも制度があるため取得を前向きに考えていました。
[8月]
上司に妻の妊娠の報告をしました。上司から育休の意向をたずねられたので、この時点では「育休をとることを検討している」という言い方をしました。私の会社では男性が育休をとった前例はありません。「上司に背中を押してほしい...」という気持ちもあって、「決めた」という言い方をしませんでした。ところが、上司から次のように言われました。
「人数ギリギリでやっているから、休むとなると営業数字が厳しくなるとは思うけど...。でも、せっかくの機会だし、よく考えて。焦らなくていいから。決めたら教えてよ」
「育休をとったらダメ」とは言われていませんが、遠回しに反対されているような気がして...。話を伝えた妻の不安そうな表情が忘れられません。
[10月]
やっぱり育休をとることに決めました。仕事を長期間休むのは気になりますが、しっかりと育児がしたいという気持ちが強かったからです。そろそろ上司に正式に報告しようと思っていたところ、上司から声をかけられました。
「育休、どうするか決めた? 私は君の意見を尊重するよ? 仕事のことも気になるだろうけど、みんなで負担を分担すればなんとかなるはずだよ」
私は「仕事のこと」「みんなで負担を分担」というフレーズや上司の言い方にプレッシャーを感じ...。結局、「育休はとらない」と答えてしまいました。
上司の対応の、どこが問題?
このケースを2つの観点から考えてみたいと思います。
(1)上司の話し方
上司のコメントを受け、部下は育休の取得にためらいを感じていました。もし上司が「わかった。取得するんだね。人事と手続き進めてよ」と言っていれば、部下がためらうことはなかったでしょう。
しかし上司は、「人数ギリギリでやっているから、休むとなると営業数字が厳しくなるとは思うけど...」「仕事のことも気になるだろうけど、みんなで負担を分担すればなんとかなるはずだよ」という言い方をしています。一般的な感覚では「含みがある」と受け取られてもおかしくありません。部下の育休取得の決断に影響を与えていたといえるでしょう。
育児・介護休業法では、一定の条件を満たしている社員については「事業主は、労働者からの育児休業申出があったときは、当該育児休業申出を拒むことができない」と定めています。今回の上司のコメントは直接的な拒否ではありませんが、育休を取りやすくするという法律の趣旨から鑑みると改めるべき点があったといえるのではないでしょうか。
(2)「育休、どうするか決めた?」と聞いた
育児・介護休業法には「妊娠・出産(本人又は配偶者)の申出をした労働者に対して事業主から個別の制度周知及び休業の取得意向の確認のための措置を講ずることを事業主に義務付ける」とあります。
上記のケースでは8月に妊娠の報告をして上司から育休取得の意向を聞かれています。確認の手段は、「1.面談 2.書面交付 3.FAX 4.電子メール等のいずれか」とされているため、この時点では問題はないと考えられます。一方で、問題となり得るのは、10月に「育休、どうするか決めた?」と上司が答えを求めていることです。
厚生労働省の指針では「育児休業申出に係る労働者の意向を確認するための措置については、事業主から労働者に対して、意向確認のための働きかけを行えばよいものであること」とあります。そして、同省の通達には指針の文面をふまえて「労働者の育児休業の取得についての具体的な意向を把握することまでを求めるものではないことを示したものであること」と記されています。
まとめると、上司あるいは会社に求められているのは意向確認の働きかけであり、育休取得の意向の把握は含まれていないのです。この点から上司の発言は問題となり得るものでした。
今回のケースでは、結果的に部下は育休取得を諦めました。部下本人が決めたこととはいえ、その背景には「忖度」があったことは否定できません。場合によっては、後になって不満が増幅し、「パタハラを受けた」と訴え出てくる可能性もあります。こうした事態を生まないためにも、会社としてのリスクヘッジが必要となるのではないでしょうか。
上司の「知らなかった」が、場合によってはパタハラに...
実際に育休を取得する際の事務的な手続きは、担当部門が行います。しかし、社員からの第一報を聞くのは、多くの場合、直属の上司です。その際に、上司が適切な対応をしなければ、パタハラに発展する可能性が生まれてしまいます。だからこそ、現場でのトラブルを防ぐために必要な知識を得ておく必要があるでしょう。
研修で防止したい育児休業・産後パパ育休に関するトラブル
今年の4月に施行された育児・介護休業法では、育休の取得を促進するための措置をとるよう、企業に以下の4つの中からいずれかの対応をとることを要請しています。
①育児休業・産後パパ育休に関する研修の実施
②育児休業・産後パパ育休に関する相談体制の整備等(相談窓口設置)
③自社の労働者の育児休業・産後パパ育休取得事例の収集・提供
④自社の労働者へ育児休業・産後パパ育休制度と育児休業取得促進に関する方針の周知
この中で注目したいのは、「①育児休業・産後パパ育休に関する研修の実施」です。研修を実施するにあたっては主催者側の労力がかかりますが、全員に等しく知識を得てもらうために有効な手段です。研修の内容は育休制度が中心になりますが、パタハラも切り離せない問題として一緒に教育することをおすすめします。
今回ご紹介したケースの場合、上司の話し方については「こういう言い方は危険」という情報提供で解消できるものです。また、取得有無をたずねたのは「意向の把握は必要ない」という制度を理解してもらえば解決できます。「知らなかった」が原因で生まれるトラブルを防ぐためにも、研修の実施を検討してみてはいかがでしょうか。
パタハラ以外のハラスメントもあわせて研修を
育児休業・産後パパ育休に関する研修を実施する際は、せっかくの機会なのでパタハラ以外のハラスメントも取り扱うのがおすすめです。たとえばパワハラは、2022年4月にパワハラ防止法が中小企業にも適用されたため注目度が高まっています。パワハラも職場に根強く存在するハラスメントです。人間関係を良くし、働きやすい職場づくりのためにもパワハラ教育が必須だといえるでしょう。
PHP研究所がハラスメント防止研修用DVDを発刊!
PHP研究所では、ハラスメント防止研修にご活用いただけるDVD『上司のハラスメント パワハラ編』『上司のハラスメント パタハラ・マタハラ編』を、2022年6月に発刊します。
いずれも、関連する法律の内容について、ていねいに解説をしているのはもちろんですが、最大の特長はグレーゾーンに特化しているという点です。
ハラスメント防止研修では、「白黒」を教えるより、「ハラスメントかどうか人によって判断がわかれるグレーゾーンケース」を題材にしたほうが、教育効果が期待できます。グレーゾーンケースを視聴し、参加メンバーが「自分はこう思う」「この言い方はNGだけど、こう言いかえれば」などの意見を交わすことで、ハラスメントの理解が深まるだけでなく、会社としての共通見解を見つけられるからです。
法改正が行われ、ハラスメントの注目度が高まっています。この機会に、DVDを活用した研修実施をご検討ください。
(PHP研究所 産業教育制作部)
本ページ中の写真はDVD『上司のハラスメント パタハラ・マタハラ編』の場面写真です。