エンパワーメントとは何か。権限移譲に止まらない本質的な意義、管理職の実践方法も解説
2021年11月11日更新
エンパワーメントとは、個人あるいは集団が本来有する能力を引き出すことです。すべての人材が本来の能力を十分に発揮すると、組織全体の実力が底上げされる、意思決定がスムーズに進むなどのメリットを得られるでしょう。では、どうすればエンパワーメントを進めることができるのか、具体的な方法について解説します。
INDEX
エンパワーメントとは? その起源と本質的な意義
エンパワーメント(empowerment)とは、力を与えることや自信をつけるようにサポートすることを意味する言葉です。権限を持たせることを差すこともあります。
ビジネスでは、主に部下への「権限移譲」によってやる気や能力を引き出すという意味合いで使われます。上司がすべての権限を掌握して指示命令を出すのではなく、一人ひとりが権限を持って、自分の裁量で動くことで、組織全体の競争力を高めていこうというものです。
エンパワーメントは、アメリカの公民権運動から始まったといわれています。1970年代になると介護分野でエンパワーメントの重要性が指摘され、1980年代に入って女性などの幅広い対象に向けた地位向上の意味でもエンパワーメントという言葉が用いられるようになりました。
現在、エンパワーメントは幅広い分野で使われています。例えば、看護や福祉の分野では、看護を受ける患者、福祉の対象となる障害者に選択肢を付与することでエンパワーメントを実施することが可能です。患者や障害者が自己決定できるようにサポートすることで、最終的に自立を促すことにつなげています。
このように、エンパワーメントは一方的にサポートするのではなく、サポートを受ける側が自律できるようにすること、また、力のない状態から力のある状態に変えていくことを意味しています。
企業の人事施策やマネジメント手法にとりいれるにあたって、単純に「権限移譲」ととらえるのではなく、この点を必ず押さえておきたいものです。
企業においてエンパワーメントが注目される理由とそのメリット
企業でもエンパワーメントが注目されています。主な理由・メリットとしては次の4点が挙げられるでしょう。
1)迅速な意思決定ができるようになる
2)社員満足、顧客満足の向上につながる
3)人的資源を活用できる
4)自ら考え行動する人材が育ち、イノベーションが期待できる
5)エンゲージメントが高まる
1)迅速な意思決定ができるようになる
変化の激しい今日、企業の経営陣が一方的に現場に指示を与え、現場は何かを決める度に経営陣の指示を仰ぐというスタイルでは、迅速な意思決定はできず、競争力は失われます。エンパワーメントの概念を導入し、現場に一定の裁量権を与えるならば、機動力のある組織をつくれるでしょう。また、顧客対応や商品・サービス提供における機会損失のリスクも軽減します。
2)社員満足、顧客満足の向上につながる
現場に裁量権が与えられると、社員一人ひとりが臨機応変かつ迅速で柔軟な対応ができるようになります。社員の充足感や自己決定感の向上にもつながるだけでなく、顧客対応のスピードと質も上がるでしょう。
柔軟な対応は顧客の満足度向上につながります。つまり、エンパワーメントを導入することで、社内の満足度だけでなく社外にも良い影響を与えることができ、業績の向上も期待できます。
3)人的資源を有効活用できる
人材が不足しているときは新規雇用することよりも、まずはすでにいる人材の能力開発、有効活用を考えることが大切です。そのとき、エンパワーメントによって個々の裁量を広げることで、本人も気付かなかった潜在能力が開発されることがあります。
少子高齢化が進み、労働人口が減少しつつある今、人材確保は大きな課題になっていますが、既存の人的資源を活用することである程度は対応できるかもしれません。エンパワーメントは、労働者不足の今の事情に合う概念といえるでしょう。
4)自ら考え行動する人材が育ち、イノベーションが期待できる
現場に権限を委譲することで、管理職だけでなく、中堅・若手社員が自律的に働くようになります。実践を通して判断力が身につき、仕事への責任感が生まれるでしょう。
機動力が高く、個々の能力を発揮できる職場をつくるためにも、エンパワーメントの概念を導入して、自分の頭で考えて責任を持って主体的に動ける人材を育成することは必要なことといえます。
そうした人材が多く働く職場では、さまざまなイノベーションも期待できるでしょう。
5)エンゲージメントが高まる
裁量が与えられていることで社員一人ひとりの当事者意識や責任感が強まり、結果として企業へのエンゲージメントが高まります。中途採用を積極的に受け入れている会社も、エンパワーメントを通してそれぞれが社員としての意識を高め、組織社会化にもつながります。
エンパワーメントのデメリットとリスク
いいことづくめのように思われるエンパワーメントですが、当然のことながらデメリットもあります。具体的には以下の4つがあげられるでしょう。
1)誰もが「権限移譲」を歓迎するとは限らない
2)メンバー間、部門間の関係性が壊れる
3)仕事の属人化、ブラックボックス化がすすむ
4)マネジメントが難しくなる
1)誰もが「権限移譲」を歓迎するとは限らない
権限を委譲され、裁量を与えられたからといって、誰もがそれを歓迎するとは限りません。人によっては不安を感じるでしょうし、責任の大きさに押しつぶされてしまうかもしれません。業務経験やスキルが不足している社員の場合、現場でトラブルが発生したり、顧客からの信用を損ねる危険もあるでしょう。
また、組織の中にはルーティンの仕事を確実にこなすことを求められる仕事もあります。その場合、エンパワーメントといわれてもピンときませんし、生産性が落ちたり、ミスが多発する可能性もあります。
当然のことですが、すべて任せきりというわけにはいかないのです。
2)メンバー間、部門間の関係性が壊れる
個人が自身の裁量でどんどん物事を進めたり、各部が戦略の整合性を考えず、全社方針を逸脱して動いたりすると、そこには軋轢が生まれ、関係性が悪化することがあります。
それでも成果が生まれたり、イノベーションが進んだりすればよいのですが、ぎくしゃくした一体感のない組織になってしまうことも少なくありません。
裁量を与えるとはいえ、自分勝手に仕事をしていいというわけではありません。個人間、部門間の調整や報告連絡相談はますます重要になるでしょう。
3)仕事の属人化、ブラックボックス化がすすむ
権限と裁量を与えられれば、やりがいも責任感も高まります。ただし、その結果、「その人しかわからない」という仕事が増え、属人化するリスクもあります。
もし属人化した仕事をしている社員がとつぜん休職したり、競合に転職したりすれば、その社員が代替えが効かない優秀な人材であればあるほど、損失は大きなものになります。
4)マネジメントが難しくなる
エンパワーメントを推進すると、従来型のマネジメントをすすめる管理職には、部下管理、進捗管理で難しい局面が出てくるでしょう。とくにマイクロマネジメントを持ち味とする管理職は「そんなことは聞いてないぞ!」などと、部下と衝突することが増えるかもしれません。また、思わぬコンプライアンス上のリスクが発生する可能性もあります。
以上、考えられるデメリットとリスクを紹介してきました。ただし、こうしたことは管理職のマネジメントスタイルを刷新することで十分に解決可能ですし、エンパワーメントを否定する理由にはなりません。
管理職がエンパワーメントを実践する上での4つの注意点
迅速な意思決定と市場への対応が求められる今日、明文化しているかはともかく、多くの企業がエンパワーメントを人事施策のコンセプトにおいているといえます。組織のフラット化や目標管理制度(MBO)の導入なども、エンパワーメントによる競争力強化、それを支える人材の開発が背景にあると言ってよいでしょう。
しかし、どこまでエンパワーメントが進んでいるか、そのメリットを享受できているかとなると、課題を感じている人事の方も少なくないでしょう。課題解決のためにどこにメスを入れるか。そのとっかかりは、やはり経営層と現場をつなぐ管理職(本部長・部長・課長など)のマネジメント改革にあると考えられます。
そこで、管理職が現場にエンパワーメントをもたらすうえでのポイントを解説します。具体的には下記の4点です。
1)経営理念・ビジョンの理解と浸透
2)方針・目標の明確化
3)現場の自己効力感を高める(丸投げしない)
4)成果を正しく評価し、適切なフィードバックを行う
1)経営理念・ビジョンの理解と浸透
エンパワーメントにおいて「権限移譲」は欠かせません。しかし、「権限移譲」の前提として、経営理念・行動指針を管理職自身がしっかりと理解し、現場に浸透させることは、組織としてのまとまり、一体感を維持するうえでとても重要なことです。いくら現場の裁量を認めるといっても、そこには拠り所が必要です。その拠り所になるのが経営理念による共通の価値観であり、方針による組織が進むべき方向性の定時です。管理職はこの点を部下に繰り返し訴え、それに照らして日々のマネジメントを行っていく必要があります。これは、コンプライアンス上も必要不可欠なことといえるでしょう。
2)方針・目標の明確化
管理職が明確な目標を提示することも大事です。目標達成のための手段・方法は部下の主体的な判断、行動に任せるというのがエンパワーメントの基本です。もちろん、到底達成できないような目標を提示し、あとは部下に「丸投げ」というようでは、エンパワーメントなど期待できません。そのためにも、「どこまでが達成可能か」をきちんと見極めて、部下としっかりコミュニケーションをとることが大切です。
目標設定面談や日々の1on1ミーティングなどで、部下の状況をきちんと把握し、適切なフィードバックをおこない、サポートを申し出る姿勢を忘れてはいけません。
3)現場の自己効力感を高める(丸投げしない)
先にも述べましたが、エンパワーメントは、一方的にサポートするのではなく、サポートを受ける側が自律できるようにサポートすること、また、力のない状態から力のある状態に変えていくことです。ここで重要なキーワードが「自己効力感」です。
部下に目標を提示し、裁量を与えても、社員が「自分は正しい選択をできる、また、選択した道を遂行できる能力がある」と感じる力、つまり、自己効力感を持っていなければ、主体的な行動を実施することができず、結局、指示待ち行為や上司の顔色をうかがってから物事を決定することになりかねません。
「現場だけの判断で会社の重要事項を決められる」「自身の裁量で顧客の要求を受け入れても上司は承認してくれる」という信頼関係の構築がとても大切なのです。
4)成果を正しく評価し、適切なフィードバックを行う
エンパワーメントを導入するのは、現場や社員を自由に行動させることが目的ではありません。裁量を与えることでさまざまな業務に迅速に対応し、主体的に物事を考えられる人材を育成し、具体的な成果に繋げることです。
そのためにも、適切な評価と処遇は必要不可欠です。目標を達成していればどんな点がよかったかを、反対に未達であれば、どこを改善すればよいかを共有するようにしたければなりません。「やり方は任せてある以上、目標未達の責任は部下自身にある」という頑なな態度は、エンゲージメントの対極にあるといえるでしょう。
まとめ
以上、エンパワーメントとは何か、そのメリットやデメリット、機能させるうえでのポイントを解説してきました。
エンパワーメントとは、単なる権限移譲ではありません。力を与えることや自信をつけるようにサポートすることに主眼があるのです。
社員に裁量を与え、自己効力感を高めることで、自分で考え、行動する人材が育ちます。イノベーションが生まれ、競争力ある強い現場が生まれます。
組織にエンパワーメントをもたらすキーマンは管理職です。エンパワーメントをもたらすリーダーをどう育てるか、という視点から、管理職研修のプログラムを見直してみると、新たな発見や課題を見出すことができるでしょう。