リカレント教育とは? 企業主体で実施する方法や具体例・支援制度を解説
2022年12月19日更新
社会の変化により、近年大きな注目を集めているのがリカレント教育です。しかし、企業主体でどのように実施すれば良いのか、運用に悩む場合も少なくありません。そこで今回は、リカレント教育の概要や必要性、企業主体で実施する方法をわかりやすく解説します。
INDEX
企業におけるリカレント教育とは?
日本では、企業が倒産しない限り従業員を解雇せず、定年まで働き続けられる制度が多くの企業で採用されてきました。いわゆる終身雇用と呼ばれる制度です。また、終身雇用とともに採用されてきた年功序列は、年齢に応じて給与や役職が上がるしくみのことで、勤続年数が増えるほど従業員にメリットがあります。
しかし、近年は急激な経営環境の変化や、生産性低下への対応が急務となり、終身雇用や年功序列を維持することが、企業が競争力を高めるための足かせとなりつつあります。こうした状況において注目されているのが、リカレント教育です。リカレント教育とは、学校教育から離れて社会に出ても必要なタイミングで再び教育を受け、仕事で求められる能力を磨くことをいいます。
リカレントは英語でrecurrentと表記し、意味は「繰り返す」または「循環する」です。1969年5月、パリ・ベルサイユで開催された第6回ヨーロッパ文部大臣会議において、スウェーデンの文部大臣がスピーチでリカレント教育という言葉を初めて使用したといわれています。1973年には、OECD(経済協力開発機構)により「リカレント教育 -生涯学習のための戦略-」という報告書がまとめられ、国際的に認知が広がりました。
日本ではこれまで、終身雇用や年功序列といった日本特有の制度が根強く残っていることから、一度就職すれば定年まで同じ会社で働き続けることができ、学び直しの必要性を従業員が感じにくい状況でした。しかし、現在の社会の変化に適応するため、リカレント教育の導入を検討する企業が、少しずつ増えてきています。
参考:リカレント教育│厚生労働省・分野別の政策(雇用・労働)
リカレント教育とリスキリングの違い
技術革新やビジネスモデルの変化に適応するため、新しい知識やスキルを学ぶ取り組みがリスキリングです。近年は世界中でDX化やGX化が進んでおり、企業が生き残るには成長分野への参入や新しいデジタル技術の導入が必須だといわれています。そこで注目されているのが、リスキリングです。
リカレント教育とリスキリングは混同されがちですが、学び方が異なります。リカレント教育は、一般的に、従業員が一旦職場を離れて、大学やビジネススクールに入り直して知識やスキルを身につける学び方です。場合によっては勉強に集中するために、一度離職するケースもあります。
一方のリスキリングは、時代の変化を見据えて、企業が新しい知識やスキルを従業員に体得してもらうことです。リカレント教育とは異なり、基本的に離職せずに取り組みます。リカレント教育とリスキリングは学び方が異なるものの、どちらも新しい知識やスキルを身につける手段としては大きな違いはありません。
参考記事:PHP人材開発|リスキリングとは? 定義やDX時代に求められる取り組み、事例を解説
リカレント教育と生涯学習の違い
生涯学習とは、人々が生涯にわたって行う学習活動のことです。企業内の教育だけではなく、学校教育や家庭教育、社会教育、文化活動、スポーツ活動、趣味などあらゆる意味で使用されます。リカレント教育と生涯学習は、年齢を重ねても新しい知識やスキルを習得して学び続けるといった意味では同じです。
しかし、リカレント教育と生涯学習では学び直す目的が異なります。生涯学習は、自身の日常の暮らしをより豊かにすることが主な目的です。一方のリカレント教育は、仕事に関する知識やスキルの習得が中心で、自身のキャリアアップを目的としています。
企業が行うリカレント教育の具体例
リカレント教育を導入するにあたって、企業はどのような支援を実施すれば良いのでしょうか。実際にリカレント教育を導入した企業の支援策を詳しく見ていきましょう。
文部科学省の施策を通して企業研修を行う
文部科学省は、社会人の学び直しに活用できる施策を講じています。たとえば、文部科学省が運営する情報ポータルサイト「マナパス」では、社会人向けの大学等での学習プログラムの検索や、在校生のインタビューを閲覧することが可能です。ほかにも、職業実践力育成プログラムや研修教育会社によるオンライン講座などがあります。従業員がこれらの研修を受講した際には人事評価上のポイントにするなど、企業として受講をサポートすると良いでしょう。
休職や復職制度、時短勤務制度を整備する
リカレント教育の場合、学習に集中するために休職や離職を検討する従業員も少なくありません。リカレント教育で習得した新しい知識やスキルを自社で発揮してもらうために、一度休職や離職した従業員が復帰できる制度を整えることが大切です。たとえば、サバティカル休暇を導入する方法があります。
サバティカル休暇とは、一定の長期勤続者に対して与えられる長期休暇制度のことです。企業によって取得可能な日数は異なりますが、1~2年以上長期休暇を与える事例もあります。
また、働きながら知識やスキルを身につける従業員をサポートするためには、時短勤務制度が有効です。時短勤務制度を整備することで自習や休息の時間を確保できるため、無理なく学習を続けられます。残念ながら日本では時短勤務制度の導入が進んでいません。休職や復職制度に加えて、時短勤務制度の整備を検討することも、リカレント教育推進の一助となるでしょう。
金銭的負担を減らすために受講料を支援する
社会人の学び直しとして大学や大学院、ビジネススクールに通う場合、多額の授業料がかかります。企業の支援体制が手薄である場合、従業員一人ひとりの負担が大きく、入学を諦める従業員もいます。
このような悩みを解決するために、企業で授業料の一部または全額を支援するケースもあります。
厚生労働省のリカレント教育支援制度を従業員に周知する
仕事に役立つ新しい知識やスキルを身につけたいと考えているものの、実際にどのようなことを学べばいいのかがわからない従業員もいます。
そこで、厚生労働省では、職業や職務に求められる多様な能力の見える化を目指す取り組みを開始しました。2020年に開設された「job tag(職業情報提供サイト)」もその取り組みで、職種によって必要な能力を検索したり、自らの強みやこれから習得するとよいスキルを分析できるのが特徴です。こうしたリカレント教育の情報を従業員に周知して、積極的に活用してもらいましょう。
リカレント教育の必要性と企業のメリット
リカレント教育は、従業員の知識やスキルを高められる優れた仕組みです。導入することで、企業はどのようなメリットを得られるのでしょうか。
企業全体の業務効率が高まる
リカレント教育を導入することにより、企業全体の業務効率を高められるメリットがあります。近年は少子高齢化による労働人口減少や、働き方改革の影響で、業務効率化が求められています。
リカレント教育によって、デジタルに関する知識やスキルを習得した従業員がいれば、DXによる組織全体の業務効率化を実現できます。業務効率化に課題を抱える企業にとっては、リカレント教育の導入が打開策となる可能性があります。
優秀な人材が育つため人材不足が解消できる
近年は、労働人口の減少によって人手不足に課題を抱える企業が少なくありません。採用は依然、売り手市場で、特に中小企業では優秀な人材を新たに採用するのが難しい状況です。
リカレント教育で優秀な人材を育てられれば、従業員一人ひとりの生産性が高まり、人材不足の課題が改善されます。
ただ、転職市場の活性化により、より良い環境を求めて離職されるリスクがあるのも事実です。リカレント教育を促進する制度を整えるとともに、従業員がリカレント教育で身につけた知識やスキルを発揮できる環境や、仕事がきちんと評価されるしくみを整える必要があるでしょう。
技術革新に対応する
内閣府では、日本が目指すべき未来社会の姿として、Society 5.0を提唱しています。Society 5.0とは、仮想空間と現実空間を高度に融合させたシステムのことです。経済発展と社会的課題の解決を両立するために、私たちはSociety 5.0に適応しなければならないとされています。
Society 5.0に代表されるような技術革新に対応するには、新たな知識やスキルを習得することが必要です。いま、多くの企業がリカレント教育に注目している大きな理由の一つが、DX人材の確保であることは間違いないでしょう。
生涯学び続ける必要性が高まっている
長寿大国の日本では、65歳を超えても現役で働き続ける人が増えています。また、シニアの雇用は、人材不足を解消することにもつながり、企業側にもメリットがあります。シニア人材を活性化するためにも、生涯学び続け、事業に貢献できる人材を育成することが求められているのです。
日本企業におけるリカレント教育の課題
日本企業において、リカレント教育はまだまだ浸透していないのが現状です。日本企業でリカレント教育の導入が進まないのは、教育環境や人事制度の整備、費用などさまざまな理由が考えられます。
また、新しい知識やスキルを学習する従業員にも解決しなければいけない課題がいくつかあるのも事実です。ここではリカレント教育の課題を企業と従業員、それぞれの面から確認していきましょう。
企業の課題
リカレント教育における企業の課題には、教育環境や人事制度の整備、費用負担などがあります。リカレント教育を導入する場合、教育環境やシステム整備に取り組むことが必要です。たとえば、一度離職や休職した従業員が学習後に復帰しやすい環境を整えたり、リカレント教育を踏まえた人事制度を設けたりなどの施策を講じることが求められます。
また、リカレント教育を導入するにあたって、学習する従業員の授業料支援費など、さまざまな費用がかかるのも企業の課題です。リカレント教育にかかる費用は企業で用意するケースも多いため、金銭的な負担がかかります。しかも、リカレント教育を導入してもすぐに効果が得られないため、中長期的な視点で投資することが必要です。
従業員の課題
リカレント教育のために離職するとなると、収入を得られなくなるため、働きながら学習する従業員もいます。その場合、業務が多忙を極めるなかで学習時間をどのように確保するかという課題を抱えることになります。
なかには上司や同僚の理解を得られず、離職や休職を選択できずに、時間の確保が難しく、結果的に中途半端に終わることもあります。
また、自分の能力や技術に応じたリカレント教育のカリキュラムを、どのように見つければいいかで悩む従業員も少なくないようです。従業員の課題を解決しないとリカレント教育は普及しないため、導入時は従業員側の課題への対処が求められます。
リカレント教育を行う事業所への公的支援制度
厚生労働省では、リカレント教育を導入する企業への支援に取り組んでいます。さまざまな支援があるため、うまく活用すれば企業の課題も解決されるはずです。それぞれの支援制度を確認していきましょう。
人材開発支援助成金
計画的に人材育成をおこなう企業に対して行っている支援制度が、人材開発支援助成金です。従業員に対して、職務に関連した専門知識や技能を習得させるための職業訓練などを実施した場合、訓練経費や訓練期間中の一部賃金を助成してくれます。
助成金を受け取るためには、基本要件や認定要件などすべてに該当しなければいけません。また一人当たりの支給限度額が決められているため、事前に要件を確認しておくことが必要です。
生産性向上支援訓練
生産性向上支援訓練は、あらゆる産業分野の企業が生産性を高められるように設計された職業訓練です。全国のポリテクセンターなどに設置した生産性向上人材育成支援センターが、訓練を実施する企業のニーズや課題に合わせてカリキュラムを組み、専門的な知見やノウハウを持つ民間機関等と連携して実施します。
規模の⼩さな企業でも利⽤しやすいオープンコースや、オンラインコースが展開されているのも特徴です。この生産性向上支援訓練は低コストで受けられるため、費用を抑えたい場合にも適しています。
キャリアコンサルティング
厚生労働省委託事業であるキャリア形成サポートセンターは、キャリアコンサルティングを無料で実施しています。従業員は、キャリアアップや、キャリアに対する不安などを相談し、主体的なキャリア形成のためのサポートを受けられます。
従業員の中には、どのような知識やスキルを身につければいいかに悩む方も多くいます。専門のキャリアコンサルタントに無料で相談ができれば、自身のキャリアに必要な知識やスキルが明らかになるかもしれません。学び直すべきテーマを見つけるのに役立ちます。
企業主体でリカレント教育の体制を整備する方法
リカレント教育を導入したとしても、従業員が積極的に活用してくれるとは限りません。従業員が活用しやすいリカレント教育の体制を整備する方法を確認していきましょう。
企業内リカレント教育研修を実施する
リカレント教育は、導入目的を従業員に理解してもらうことが大切です。たとえば、企業内リカレント教育研修を実施して、新しい知識やスキルを得ることの重要性を理解してもらいます。
従業員のなかには上司や同僚の理解を得られず、休職や時短勤務ができないといった悩みを抱えるケースも少なくありません。企業内リカレント教育研修を通して理解を深め、学びたいと思っている社員がためらうことなく学べる環境づくりをしましょう。
企業外のリカレント教育について周知する
リカレント教育を受けるには、大学や大学院、ビジネススクールなどさまざまな方法があります。社会人特別選抜や編入学、聴講生、研究生などと入学方法もさまざまです。
一部の大学では通信教育も実施しているため、社会人のライフスタイルに応じて学習できます。企業は企業外で受けられるリカレント教育について周知するとともに、受講費用の補助など従業員の負担を軽減できる制度を伝えることが大切です。
柔軟な勤務形態を整備する
仕事と学習を両立したい従業員には、学習時間をしっかり確保できる環境を整えましょう。たとえば、フレックス制や時短勤務などを取り入れるのもおすすめです。
柔軟な勤務形態を整備することで時間に余裕が生まれるため、多忙な社会人でも落ち着いて学習に集中できます。時間を確保できないと、学びが中途半端に終わり、業務に活かせない可能性があります。学習効果を高めるためにも柔軟に対応できる環境を整備しましょう。
人事評価制度の指標にリカレント教育を加える
リカレント教育を導入する際は、学んだことが正当に評価される制度を整えることが大切です。新しい知識やスキルを得たにもかかわらず、今までと変わらない評価のままでは従業員に不満が生まれます。場合によっては、専門知識やスキルを活かせて正当に評価してくれる企業に転職してしまうかもしれません。
優秀な人材の流出を防ぐためにも、人事評価制度にリカレント教育による知識やスキルの習得、それらを活かした業務を遂行できたかといった項目を加えることを検討しましょう。
まとめ:長期的な視野でリカレント教育を
社会人の学び直しに有効なリカレント教育は、日本ではまだ普及していません。社会の変化が激しい時代に、新しい知識やスキルを会得し続けることは必須だといえるでしょう。それらを現場で活かしてもらうことで、企業の競争力も高まります。
従業員が積極的にリカレント教育を利用できるように、授業料の支援、人事評価制度の刷新や、柔軟な勤務体系を取り入れることが必要です。コストはかかりますが、その分事業に大きく貢献できる従業員が育つことでしょう。中長期的な視野でリカレント教育を導入していきましょう。