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イノベーションを起こすには? 松下幸之助に学ぶ「創意工夫と衆知」

2023年6月29日更新

イノベーションを起こすには? 松下幸之助に学ぶ「創意工夫と衆知」

私たちを取り巻く社会環境・経済環境などは、たえず目まぐるしく変化しています。この1分1秒のあいだにも技術革新やイノベーションの兆しが生まれつつあるのです。松下幸之助は「お互い人間の日々の生活もまた、この生成発展の理法に従って日に新たでなければならない」と述べています。幸之助の著書をひもときながら「創意工夫と衆知」について解説します。

INDEX

松下幸之助(まつした・こうのすけ)

パナソニック(旧松下電器産業)グループ創業者。PHP研究所創設者。
1894(明治27)年、和歌山県生まれ。9歳で小学校を中退、大阪に出て火鉢店、自転車店で奉公生活を送る。大阪市内を走る路面電車を見て、電気の将来性を感じ、1910(明治43)年、大阪電燈(現関西電力)に入社。1917(大正6)年、最年少の検査員になるものの、自ら考案したソケットを製造販売したいという思いなどから独立、翌18(大正7)年、松下電気器具製作所(のちの松下電器産業)を創業。高品質で安価な自転車用電池ランプ、電気アイロン等を開発し、成功を収める。その後、独自の経営理念と、それに基づく事業部制組織の採用、連盟店制度による販売システムの構築など斬新な経営手法によって、日本の家電産業を牽引、松下電器を一代で世界的企業へと築き上げた。その一方で、1946(昭和21)年、「Peace and Happiness through Prosperity=繁栄によって平和と幸福を」のスローガンを掲げ、PHP研究所を創設。また21世紀を担う指導者の育成を目的に、1979(昭和54)年、松下政経塾を設立。『道をひらく』『実践経営哲学』等、著書多数。1989(平成元)年、94歳で没。

現場のイノベーション

日本企業では、イノベーションは傑出した能力を持つ個人が起こすよりも、現場から生じることが多いといわれてきました。よくも悪くも仕事の範囲があいまいで明確になっていないため、状況に応じて柔軟に対応しやすいこと、そして現場レベルのコミュニケーションが活発であることが、組織としての知恵を結集しやすかったといえるのかもしれません。

1960年代後半の松下電器においても、生産性倍増運動が起こりました。かなり古い事例ではありますが、その本質は現代にも通用しますので、ここで紹介しておきます。

生産性倍増運動とは、当時の三大目標の一つであった「創意工夫で生産性の倍増を」という目標を推進する運動のことです。具体的には、1966年(昭和41 年)上期を基準において、1968年(昭和43年)下期の売上を倍に伸ばすことを目標に据えました。この期間中に人員が大きく増えることがなければ、一人当たりの生産性は単純に倍になります。結論からいえば、この運動の目標は見事達成されたのです。その原動力となったのは二つの取り組みでした。

第一に、全社的な提案活動の強化です。提案の大半は製造現場からのもので、中でも群を抜いた提案件数があったのが当時の洗濯機事業部。ユニークな名称の取り組みがメディアの注目を集めました。

たとえば「アリ作戦」。アリのように小さな改善提案を出しあうというものです。提案の一つひとつは、数秒程度の作業速度の改善にしかつながらないものが多かったのですが、それらを積み重ねて大きな効果を実現したといいます。他にも「ワンタッチ作戦」「掃討作戦」「積木作戦」「ピラミッド作戦」などといったユニークな名称の作戦を組みあわせて、生産工程の大きな効率化を実現しました。

とりわけ女性社員たちの活躍は目覚ましく、卓越したコミュニケーション力を生かしてQCサークル(小集団改善活動)を運営し、多くの提案を出したことが注目されたのです。

第二に、販売の現場でも、衆知を集めた創意工夫がなされました。たとえば、当時の乾電池事業部の営業部門は、何万円もするテレビや洗濯機などと違って、1個わずか数十円の乾電池の売上を伸ばすことに挑戦しました。乾電池は低価格製品であり、相当量を販売しないと成果をあげることはできません。また、よほど画期的な乾電池を開発しない限り、他社との差別化が難しいという側面もあります。

悩んだ営業の担当者たちは、松下幸之助が「販売店さんの声をよく聞きなさい」と繰り返し説いていたことに従って、電器店を回りました。衆知を社外、すなわち購入する消費者に近い小売店に求めたのです。また、担当者自身もお店に買い物客として入って乾電池を購入しつつ、現場でしかつかめない生の情報を収集しました。自らの足で直接情報を収集分析することに徹したのです。

すると、購入する消費者のみならず、販売店もメーカーやブランドの違いをあまり気にしないこと、さらには乾電池の販売には季節的な変動も少ないことが判明しました。そうして1回の取引でまとまった個数を販売したほうが、松下電器側にとっても小売店側にとっても好条件であることがわかりました。結果として、目標としていた乾電池1個当たりの販売コスト1円減を上回る成果を収めたのです。

以上の二つの例からわかることは、担当者が一人で創意工夫を凝(こ)らしたわけではなく、社内外の衆知を集めることに取り組んだことで、松下電器全体で生産性の倍増を成し遂げたということです。

幸之助は、常に「一人ひとりの知恵は小さいが、多様な知恵を結集すると巨大な力になる」と語っていました。

松下電器の真の姿

松下電器の経営は、社長の経営でもなければ、幹部の経営でもございません。全員の衆知によって経営されているのであります。これはわが社年来の主張でありますが、この主張が、日に月にだんだんとみなさんに理解されて、みなさんの部下にもそういうことが浸透され、渾然一体(こんぜんいったい)となった衆知による経営になるということが、松下電器の真の姿でなければならないと思うのであります。そして、全員の力が一つになって集結するとき、その力の強さというものは、莫大なものになり、その強い力が正しい意味に働くとき、これが社会に貢献する大きな力になることは、間違いないと思うのであります。

出典:『松下幸之助発言集 23』、PHP研究所

イノベーションを生み出す組織風土とは?

イノベーションは、個人から起こるよりも、チームから起こる可能性が高いといわれます。たとえば、主力の既存事業の成長が頭打ちとなり、新しい事業の成長を模索するような場合は、当然のことながら既存事業の仕事の進め方とは異なってきます。

上意下達(じょういかたつ)の組織風土では、異質な意見が出にくくなり、斬新な発想やアイデアも生まれにくくなるでしょう。

事業として新たな次元に挑戦する場合、上下関係や部門間の壁を乗り越えて、社外の取引先やお客様の声も集めながら、相互の信頼に基づいたフラットな協力関係が必要になってきます。そして、そこに多種多様なバックグラウンドを持つ人材がいればいるほど、多様な知恵を集めることが可能になります。衆知を生かすということは、組織のイノベーションを実現していくうえで、もっとも重要なことだといえるかもしれません。

では、衆知を生かすためにはどうすればよいのでしょうか? 幸之助は、個人に求められる仕事の姿勢について、次のように述べています。

創意工夫を売り出す

みなさんのやっている仕事というものは、月給をもらうサラリーマンではなくして、それを自分が事業としてやっているから報酬をもらっているんだというふうに解釈すれば、自己というものが浮かびあがってくると思う。
自己の創意工夫というものをどんどん出して、同僚であれ、課長であれ、部長であれ、それを売りつける。その売りつけにあたっては、これは非常にいい品物でして、あなたのためになります、と商売だったらいいます。"そんなにこれはいいか""ぜひお使いください"というような態度で、まごころを持って同僚に接し、そして部長に接する。それじゃいっぺん使ってみようかということになって、自分の創意が用いられる。自分の稼業はだんだん発展していく。その発展が実際に及ぶというわけです。
それは自分だけではなくして、いっさいの社内に及ぶわけです。仏教に、"一人出家すればその九族(きゅうぞく)天に通ずる"という言葉がありますが、一人が出家すれば、その親戚縁者がみんな天にのぼるということです。それは事実かどうか知りませんが、ともかく今日でも、一人が目覚めるならば、その社会というものが非常に高まると思います。そうしていくところに、私は個人の責任というもの、社会人としての責任というもの、社員としての責任というもの、またその社員を擁(よう)している会社の対外的な責任というものが果たせると思うのです。そこに喜びを感じなくして、何に喜びを感じますか。そこまで徹底した考えが持てるかどうか。これはなんでもないことであって、決心すれば持てると思う。
たとえば、柔道を習う決心をしても、いっぺんに8段にはなれません。まず柔道をする決心をし、それから刻苦勉励(こっくべんれい)して8段になれる。しかし決心しなければ死ぬまで柔道をやりませんから柔道は強くならない。まず決心をして、そのような方向に入っていけば、多少とも変わってくると思う。
そうした勤務体制といいますか、考え方でもって、仕事に喜びを感ずる。そこに生命(いのち)を賭けるということが、非常に大事なことだと思うのです。

出典:松下幸之助・著『繁栄のための考え方』、PHP研究所

イノベーションにはそれぞれの創造性も必要ですが、それだけで十分とはいえません。

幸之助は「社員稼業」という言葉を好んで用いました。「仕事というものは、それを自分が事業としてやっているから報酬をもらっている」という考えに立つことが基本だと述べています。そして、仕事に喜びを感じて、そこに生命を賭けるぐらいの気持ちで臨む必要があるのだというのです。

チームのメンバーそれぞれが、このような自立した考え方に立って、お互いに創意工夫を出しあう。そうした姿こそ、真のイノベーションを生み出す組織風土だといえるのではないでしょうか。

※本記事は、PHP通信ゼミナール『〈新版〉松下幸之助に学ぶ』のテキストを抜粋・編集して制作しました。

参考記事:主体的に行動するには? 松下幸之助の「社員稼業」に学ぶ

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