社会人の学習意欲を高めるには?
2023年10月24日更新
人材開発の重要性が増す中、企業は学びの機会を増やしていますが、それを受け止める側の社員の中には、その必要性を、さほど感じていない人が少なくないようです。
なぜ、このようなギャップが生じるのでしょうか。本稿では、学ぶことに対する動機づけの観点から、こうしたギャップを解消し、個と組織の両者に価値をもたらす人材開発のあり方について考察します。
自己啓発をしないビジネスパーソン
「人的資本経営」や「リスキリング」「キャリアデザイン」ということばを目にしない日がないくらい、ニュースや新聞記事、書籍等で人材開発・能力開発が話題になる頻度が増えました。政府や自治体、産業界レベルでは、人材開発の重要性が声高に叫ばれていますが、個々のビジネスパーソンに目を転じると、必ずしもその必要性を感じている人ばかりではない印象を受けます。
企業の人事・人材開発担当者からは、「研修を企画しても、受けたがらない社員が多い」「自己啓発支援制度があるが、ほとんど活用されない」といった嘆きの声が聞こえてきます。実際、自己啓発をしないビジネスパーソンの割合を国際比較すると、日本が際立って高い(46.3%)という事実が調査結果からも明らかになっています。(※1)
※1 出典:パーソル総合研究所 「APAC就業実態・成長意識調査」(2019年)
コンフォートゾーンの心地よさ
学ばない人の多くは、「コンフォートゾーン」(ストレスや不安が無く、限りなく落ち着いた精神状態)にどっぷり浸かっているのだと思われます。 コンフォートゾーンでは、いつもと同じやり方を繰り返してさえいれば何とか日々の仕事が回っていくので、新たなやり方を考えたり、今までにない取り組みにチャレンジすることもなくなります。つまり、新しい知識を取得したり、自らのスキルを磨き高める必要がないのです。 コンフォートゾーンは居心地がよいので、なるべくそこから出たくないという心理が働きますが、そこに留まっていると成長が止まってしまいます。したがって、自らを成長させるためには、思い切って「コンフォートゾーン」から抜け出して「ストレッチゾーン」にシフトし、背伸びしないと成果を出せないような業務にチャレンジし続ける必要があるのです。
ものの見方を変える問い
人の成長を阻む要因には、「発想の硬直化」もあります。マンネリ状態が長引くと、どうしても視野の狭窄(きょうさく)、視座の低下、視点の固定化が進行し、気づく力、感じる力(≒感性)が弱くなってしまいます。そういう状態に陥るのを防ぐうえで効果があるのが問いかけです。
●視野の拡大を促す問い
「5年後、どのようなビジネスパーソンになっていたい?」
「理想の状態に近づくためには、何をする必要がある?」
●視座の向上を促す問い
「ワンランク上の立場にたったつもりで今の仕事をしてみると、どのような課題が見えてくる?」
●視点の転換を促す問い
「今のあなたの仕事ぶりを、周囲の人はどう見ているだろうか?」
1on1面談等の場で上司が部下に適切な問いを投げかけることで、発想の転換が始まり、相手の成長が前進するのです。
参考記事:1on1成功のポイント~心理的安全性と上司の「聴く」スキル│PHP人材開発
成長した姿をイメージさせる
そして自らが成長することで得られるもの(こと)をイメージさせることも重要ですし、そのためにはやはり問いかけが有効です。
「5年後、理想のビジネスパーソンになれた自分をイメージしてみよう。その時の、あなたは何を得ているだろう?」
このようにして成長する喜びを疑似体験できれば、その人の意識の中で学習する必要性が高まるでしょう。 人材開発・能力開発の方法論が盛んに議論されていますが、もっとも重要なことは「学ぶ気」にさせてから学ぶことではないでしょうか。寓話にあるように、水を飲みたくない馬を無理やり水際まで連れて行っても水を飲まないのです。
「なぜ、学ぶ必要があるのか」「学ぶとどのようないいことがあるのか」、こうしたことが腹落ちできれば誰もが「学ぶ気」になるはずです。そして、「学ぶ気」をもった人々の集団は学習する組織となって、絶えざるイノベーションを創出し、高いパフォーマンスを獲得できるでしょう。
的場正晃(まとば・まさあき)
PHP研究所 人材開発企画部兼人材開発普及部部長
1990年、慶應義塾大学商学部卒業。同年、PHP研究所入社、研修局に配属。以後、一貫して研修事業に携わり、普及、企画、プログラム開発、講師活動に従事。2003年、神戸大学大学院経営学研究科でミッション経営の研究を行ないMBA取得。中小企業診断士。