非正規社員のモチベーション・マネジメント~「相互尊敬」「相互信頼」のコミュニケーション
2016年6月16日更新
非正規社員のモチベーションを高めるためには、「相互尊敬」「相互信頼」の関係づくりが欠かせません。宮本秀明氏の解説でアドラー心理学から学びます。
非正規社員になった理由
2016年5月10日に公表された総務省統計局の労働調査によると、役員を除く雇用者5332万人のうち非正規の職員・従業員は2007万人。雇用者全体の3人に1人が非正規雇用者であり、増加傾向にあることには変化はありません。
ここ数年、企業から非正規社員を対象にした研修の問い合わせが増加しています。人事担当者から研修で解決したい問題点をうかがうと、「非正規社員にやる気がなく、定時になるとすぐ帰ってしまうので、上司との間に軋轢が生じている」「上司が、非正規社員に正規社員と同じレベルの仕事を要求するので、彼らがイヤイヤ仕事をしている」という声が聞こえてきます。そして、そのほとんどにおいて、研修名が、「モチベーション・アップ研修」になります。会社の業績アップを図るには、組織のなかで割合の大きくなっている彼・彼女たちのモチベーション・アップが、もはや欠かせないのです。
それでは、非正規社員のモチベーションについて、彼・彼女たちが現職に就いた理由から考察していきましょう。下のグラフをご覧ください。
非正規社員になった理由から裏返して、男女の違いはありますが、彼・彼女たちのモチベーション・アップの方策は大きく2つに分かれると推測できます。
1つ目は、「正規の職員・従業員の仕事が無い」というのが理由の場合。これが理由で非正規社員を選んだ人は男性の1/4強に達しています。正規社員の仕事さえあれば就きたいが、それがないゆえに非正規社員を選ばざるをえないという状況が見えてきます。この人たちのモチベーション・アップには、公正な評価制度を設け、会社が必要とする一定のレベルに達した非正規社員については正社員に登用するしくみづくりが考えられます。
2つ目は、「自分の都合のよい時間に働きたい」というのが理由の場合。これを理由に選んだ人は、女性の1/4強、男性の1/4弱に達しており、自分の家庭や趣味などを大事にしたいという気持ちがうかがえます。女性の場合は家の事情というのも透けて見えます。この人たちのモチベーション・アップには、責任の軽い仕事の提供と拘束時間の厳守等が考えられます。
相互尊敬・相互信頼の関係を築く
相手の求めるものを与えることでモチベーションをコントロールすることを、「外発的動機づけ」と言います。いわゆる「アメとムチ」のことで、先ほどあげたモチベーション・アップの方策はこれに当たります。この「外発的動機づけ」は即効性もあり簡単な方法でもあるのですが、はじめは効果的でも次第に効果が薄れるうえ、つねに外部からの刺激を与え続けなければならないというデメリットがあります。
そこで、前述のようなしくみの見直しなどに加えて提案したいのが、「内発的動機づけ」のサポートです。「内発的動機づけ」は、彼・彼女たちがありのままの自分を自己受容(自分を肯定的に味方につける能力・態度)することで自らやる気を高めていくもので、「外発的動機づけ」のようなデメリットはありません。この「内発的動機づけ」は、「相互尊敬」「相互信頼」にもとづくコミュニケーションを通して育まれていきます。
あなたは「尊敬」という言葉にどのようなイメージをもっていますか?
多くの人は、「尊敬」という言葉に対し、目下の人が目上の人を「尊び、敬う」という意味でとらえているでしょう。しかし、アドラー心理学では、「尊敬=リスペクト」を「人それぞれに年齢・性別・職業・役割・趣味などの違いはあるが、人間の尊厳に関しては違いがないことを受け入れ、礼節をもって接する態度」と定義しています。
また、もう一つの「信頼」という言葉についてはいかがでしょうか?
「信頼」と似た言葉に「信用」という言葉があります。下の表は、この2つの言葉にどのような違いがあるか、アドラー心理学の考えに立って比較したものです。
「信用」には担保が求められるのに対し、「信頼」は無条件です。アドラー心理学では、「信頼=トラスト」を「根拠を求めず無条件に信じること」と定義しているのです。
では、この「尊敬」「信頼」を非正規社員との間で「相互」にするには、どうすればよいのでしょうか?
実は、そのために上司の方に心がけていただきたいことは、たった1つ。相互尊敬・相互信頼の関係を築こうと決意したら、相手よりも上司のほうが「より早く」尊敬・信頼し、「より多く」尊敬・信頼する、ということだけです。
上司―非正規社員というタテの関係がある場合、下の立場のほうが心理的に劣勢な立場にいます。そこに軽重がある限り、50:50ではつりあいがとれません。上の立場にいるほうが、相手を「より早く」「より多く」尊敬・信頼することにより、ようやく相手も心理的に安心し、その尊敬・信頼の度合いを強めていくことができるのです。
視点(見方)を変える「リフレーミング」
具体的に実践していくには、まず非正規社員の方々に対して上司から「尊敬・信頼」していることを伝える必要があります。その際役立つのが「リフレーミング」という手法です。
リフレーミングとは、視点(見方)を変えること。ある人にとって短所、障害、悩み、危機と捉えられていることも、視点(見方)を変えれば、その人にとって長所、財産、可能性、好機と捉えることができます。慣れないうちは難しいかもしれませんが、すぐにコツがつかめます。以下に、短所をリフレーミングした例をご紹介しますので、参考にして、まずは自分自身やまわりの方を思い浮かべながら、リフレーミングを試してみてください。
【リフレーミング例】
いかがでしたか? コツはつかめたでしょうか?
「相互尊敬」「相互信頼」の関係を築きたい相手一人ひとりについて、このリフレーミングを行ないます。そして、機会を見つけては、肯定的に捉え直した行動や性格を、「尊敬」と「信頼」の気持ちをベースに、言葉にして本人に伝えていくようにしましょう。
上司-非正規社員の間に「相互尊敬」「相互信頼」が成立すると、コミュニケーションが豊かになり本音が聞けるとともに、「上司と話す」ことで彼・彼女たちが勇気づけられ、モチベーションが自然に高まるようになります。
この「相互尊敬」「相互信頼」の関係は、上司-非正規社員間だけでなく、どのような立場であっても人間関係の基本となります。たとえば、会社全体の取り組みとして、相手のよいところを書いたカードをお互いに交換しあうなどの活動を行うと、社員同士に「相互尊敬」「相互信頼」の関係が育ち、「勇気づけ」にあふれた職場風土が醸成されていくでしょう。
宮本秀明(みやもと・ひであき)
1982年、スタンフォード大学中退。広告業界から数社の研修会社を経て、現在㈲ヒューマン・ギルド法人事業部長兼シニアインストラクター。ロジカルシンキング、ファシリテーションからマナー教育まで、幅広いコミュニケーションの研修を担当。米国と日本双方のビジネス経験を生かし、それぞれのよさを融合させた、和魂洋才型の研修プログラムを独自に開発。受講生の目線に立った習得しやすいカリキュラムの構成力、やる気を促す講師手法には定評がある。著書に、『マンガでよくわかるアドラー流子育て』(岩井俊憲監修、かんき出版)、PHP通信ゼミナール『リーダーのための心理学 入門コース』(監修:岩井俊憲、執筆:岩井俊憲・宮本秀明・永藤かおる、PHP研究所)などがある。