「ちゃんと伝えたつもり」「よく考えたつもり」のミスをなくすには?
2020年6月16日更新
言った言わない、意図が伝わっていないなどの「コミュニケーションミス」や、なぜあんな判断をしたのか自分でも理解できないという「ジャッジメントミス」。これらを防ぐ意識の持ち方や思考法をご紹介します。
「コミュニケーションミス」はなぜ起きるのか
人の話を聞いたり、文章を読んだりする行為は、実は「自分自身の記憶や知識」を思い出しながら行っています。これは誰でもごく当たり前にやっていることなので、ほとんどの人が自覚していません。例えば人の話を聞きながら、あるいは文章を読みながら、無意識のうちに自分の「日本語の知識」や「その話題に関する知識」「関連情報」などを思い出し、それを活用して相手の話や文章を理解しているのです。「聞くこと」や「読むこと」は受け身のように思えますが、実際には、自分の知識に引き寄せて、自分が聞きたいように能動的に聞いている(読んでいる)ことが多いといえます。
このように、話を聞いたり文章を読んだりしているときに自動的に思い出し、思い出していること自体が意識にのぼらない記憶のことを「潜在記憶」といいます。もちろんこの潜在記憶があるから、私たちは相手が話していることを素早く理解し、読んだ言葉を瞬時に認識できるわけです。
その反面、自分の記憶や知識に引っ張られて、いわゆる「バイアス(偏り)がかかった状態」になりやすいのも事実です。そのため、相手の意図とは違った受け止め方をしてしまうことも少なくありません。これが「コミュニケーションミス」の主な原因と考えられます。
例えば上司の指示がうまく伝わらなかったり、部下の報告が正確に伝わらなかったりすることがあるのは、互いに「自分に引き寄せて聞いている」からです。このコミュニケーション上の「ずれ」が、仕事のミスや失敗につながるのはいうまでもありません。
「伝わっていない」「理解していない」からスタート
コミュニケーションミスを防ぐにはどうすればいいのでしょうか。まず大前提として、伝える側は「ちゃんと伝えたつもりでも、こちらの意図は正確に伝わっていないかもしれない」と考え、聞く側は「ちゃんと聞いたつもりでも、相手の意図を正確にくみ取れていないかもしれない」が考えることが大切です。このような認識をもつことが第一歩になります。
そのうえで、相手の話を聞きながら、「今自分の中で、自動的に潜在記憶が思い出されている」ということをあえて意識し、それを自覚するのです。別のいい方をすれば、「自分を観察するもう一人の自分」を創り出し、「人の話を聞きながら、同時に潜在記憶を思い起こしている自分」を客観的に見つめます。この「もう一人の自分による自己観察」を「メタ認知」といいます。
「意識の矢印」を相手に向ける
PHP通信ゼミナール『ミスゼロ仕事マスターコース』には、上記の「メタ認知」に関連して、「『意識の矢印』を相手に向けて聞く」という方法・考え方が紹介されています。たとえば、あなたが部下や同僚、後輩から「〇〇のほうがいいと思います」と何か提案を受けたときのことを考えてみましょう。そのとき、自動的にあなたは「〇〇」について考え始めるでしょう。それに関する知識や相手の提案について、「いい」「ダメ」といった評価判断も始めてしまいます。もしかしたらそれをすぐに相手に伝えるかもしれません。これが潜在記憶の反応であり、このとき、あなたの注意は「自分だけ」に向いていて、相手への注意が弱い状態になっているのです。
まずは、こういった状態になった時、「意識の矢印が自分に向いている」ことを自覚することが大切です。相手の言葉を自分の知識や経験の範囲内で解釈しようとせず、できるだけ「相手の真意を引き出す」ように会話をすれば、かなり高い確率でコミュニケーションミスを防止できるでしょう。
「速い思考」と「遅い思考」の使い分けで「ジャッジメントミス」を防ぐ
もう一つ、同通信ゼミナールのテキストから、「ジャッジメントミス」を防ぐ方法をご紹介しておきたいと思います。ジャッジメントミスも、コミュニケーションミスと同じく、知らない間に思い出している「潜在記憶」が原因となって発生します。そもそも人間の脳は「楽」をしたがるものです。何か難しい判断が必要となる状況においても、過去の経験や既存の知識を使って、なるべく楽に意思決定をしようとします。しかし現在遭遇している状況が、必ずしも過去の経験や自分の知識と完全に一致するわけではありません。その「食い違い」がジャッジメントミスを引き起こすのです。
ジャッジメントミスを防ぐには、「速い思考」から「遅い思考」に切り替えることが必要となります。「速い思考」とは、潜在記憶をもとにして瞬時に考え、すぐに答えを出すことです。このとき、直面している状況や問題についてあまり深く考えていません。これに対して「遅い思考」は、潜在記憶をできるだけ使わないようにして、意識的にそのときの状況や問題を深く考えることです。「これは新しい課題であって、過去の成功体験や既存の知識が通用するかどうかはわからない。だからじっくり時間をかけて考えよう」という気持ちで問題に取り組むのです。これにより、今まで知らなかった新しいデータ、新しい関連人物、新しい技術や設備、新しい環境や法律などもしっかりと考えに入れることができます。そうして丹念に思考することで、ジャッジメントミスを減らしていくのです。
「働き方改革」を目指して業務の簡素化や効率化に取り組むなかで、何かのミスのために、たびたびリカバリー作業が発生するような状態では、大きな成果は望めません。いまこそ「ミスゼロ」の職場を実現する取り組みを始めてみてはいかがでしょうか。
※本記事は、PHP通信ゼミナール『ミスゼロ仕事術マスターコース』のテキストを抜粋・編集して制作しました。
森末祐二(もりすえ・ゆうじ)
フリーランスライター。昭和39年11月生まれ。大学卒業後、印刷会社に就職して営業職を経験。平成5年に編集プロダクションに移ってライティング・書籍編集の実績を積み、平成8年にライターとして独立。「編集創房・森末企画」を立ち上げる。以来、雑誌の記事作成、取材、書籍の原稿作成・編集協力を主に手がけ、多数の書籍制作に携わってきた。著書に『ホンカク読本~ライター直伝!超実践的文章講座~』がある。