人材育成がうまくいかない原因とは?
2022年7月26日更新
「人材育成がうまくいかない」という声を、よく聞くようになりました。本稿では、その原因を分析しつつ、確実に人の意識と行動を変えるためには、どのような発想で研修を企画し、どのような仕組みで実施すればいいか、その要諦を考察します。
成果が出ない人材育成。その要因は?
人的資本の重要性の高まりを受け、人材開発投資を拡大する企業が増えています。新型コロナウイルスの感染拡大は未だ終息していませんが、Withコロナ時代を見据え、企業の人材開発の取り組みが再び活発化してきました。過去数度の感染拡大期に普及したオンライン研修に加え、対面型研修の実施件数もコロナ以前の水準に戻ってきた感があります。
一方で、「自社の人材育成の取り組みがうまくいっている」と認識している経営者・人事担当者は少なく、人材開発上の理想と現実との間のギャップは大きいようです。企業の人事・人材開発担当者からは「いろいろやっているけれど、期待通りの成果が上がっていない」という本音が聞こえてきます。
今こそ、人材育成を強化しないといけないという大号令のもと、いろいろな取り組みをしているにもかかわらず、なぜ人づくりがうまくいかないのでしょうか。
それは、取り組みの一つひとつが単発型の実施で、かつ各施策どうしの関連性・整合性が弱いことが原因のように思われます。
「忘却曲線」と「経験学習モデル」
実効性のある人材育成について考えるにあたって、理論的な背景から考察してみましょう。
「忘却曲線」
心理学の領域に「忘却曲線」(※1)という概念があります。ドイツの心理学者・H.エビングハウスは、人が中期記憶(長期記憶)を忘却するメカニズムをグラフに表しました。そのグラフによると
・20分後には、42%を忘却し、58%を覚えていた。
・1時間後には、56%を忘却し、44%を覚えていた。
・1日後には、74%を忘却し、26%を覚えていた。
・1週間後には、77%を忘却し、23%を覚えていた。
・1カ月後には、79%を忘却し、21%を覚えていた。
この概念が主張している内容を簡単に言うと、人が得た知識や情報は時間の経過とともに忘れ去られてしまうということです。これが人間の特性であるならば、単発の教育・研修では効果がないのは自明の理です。したがって、学習を何度か繰り返して忘却の度合いに歯止めをかけるという発想が教育・研修をデザインする際に求められるのです。
「経験学習モデル」
もう一つ、言及しておきたい理論が「経験学習モデル」(※2)です。このモデルの視座から人材育成を考えると、学んだことを実践し、それを振り返って持論を形成することの重要性が明らかになります。
参考記事:D.コルブの提唱する「経験学習モデル」とは? ~経験を学びにする方法
実効性のある人材育成の要諦は「反復・実践・持論化」
上記2つの理論に依拠して、実効性のある人材育成について考察するならば、下記のプロセスが導き出されます。
①教育・研修で新たな知識・情報を習得し、
↓
②それを現場で実践し、
↓
③その結果を振り返って、
↓
④気づいたことを自分のことばで表現する
このプロセスを何度か繰り返すことで、忘却に歯止めをかけると同時に、経験から得た実践知(持論)が蓄積され、意識面・行動面での変容が促進されるのです。
人材育成の取り組み事例
上記の考え方に則って実施した人材育成の取り組み事例をご紹介します。
サービス業A社(社員数700名)では、次世代経営幹部の育成が喫緊の課題でした。しかし、幹部育成という大きな課題の達成は一筋縄でないかないと認識していた同社の社長は、ある程度の時間をかけ、繰り返し教育する必要性を感じていました。
そこで、次世代経営幹部候補(部課長職)20数名を対象に、週に一回(4時間)の研修を1年間(40回)反復実施するという教育研修をデザインし、実際に2022年5月から実施しています。
今まで教育・研修を受けてこなかった方がたなので、第一ステージ(5~6月)では、「リーダーの条件」を学んで基礎体力を身につけていただきました。そのうえで、第二ステージ(7~9月)では「マネジメント力の向上」、第三ステージ(10~12月)では「リーダーシップ」の強化を各テーマに学習を進めます。そして、ここまで得た知識・情報・スキルを駆使しながら、自職場を強い現場に変えていくための課題を設定し、それに取り組みつつ状況報告をする第四ステージ(2023年1~3月)を経て、最終成果報告会を4月に実施するという構想で教育・研修が現在進行中です。
最終的な成果はこれからですが、現段階でも、一人ひとりの意識と行動が変り、「現場の雰囲気が変わり、対話の量が増えた」「目的意識をもって最後まであきらめない風土ができてきた」「お客さまから、お店の雰囲気が明るくなった」といった前向きな報告が上がってきています。
人材育成~最後はトップの決断
ここまで実効性のある人材育成について、反復・実践・持論化というキーワードと共に、企業事例をご紹介いたしました。しかし、理屈的には理解できても、いざ実行となるとさまざまな障害があって前へ進めないというのが現実の姿ではないでしょうか。
そうした障害を乗り越え、目的を達成するためには、「何としても人を育てる」というトップの強い意思が不可欠です。もし、トップがそういう意思をもっていないのであれば、人事・人材開発のご担当者がトップをその気にさせる働きかけをしないといけません。それが人事・人材開発スタッフの責務なのだから。
そして、トップの強い意志のもと、覚悟をもって人材育成に経営資源を投下することができれば、個の成長、組織の発展が必ず実現します。人事・人材開発スタッフのみならず、現場のマネジャーの方がたもそのことを信じて、もっとも大切な経営資源である人の育成に尽力いただきたいものです。
※1 ドイツの心理学者であるH.エビングハウスが考案した、人が忘却するメカニズムを端的に表したグラフのこと。
※2 経験から学ぶプロセスを、4つの要素(経験、省察、持論化、試行)で説明したモデル。
的場正晃(まとば・まさあき)
PHP研究所人材開発企画部部長。
1990年、慶應義塾大学商学部卒業。同年PHP研究所入社、研修局に配属。以後、一貫して研修事業に携わり、普及、企画、プログラム開発、講師活動に従事。2003年神戸大学大学院経営学研究科でミッション経営の研究を行ないMBA取得。中小企業診断士。