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「ていねいな部下指導」それとも「パワハラ」?~人が育たない中小企業の事例

2018年4月18日更新

「ていねいな部下指導」それとも「パワハラ」?~人が育たない中小企業の事例

若手社員をていねいに指導している総務部長は、同僚の部長たちから「パワハラ」と揶揄さています。その指導は「ていねい」なのか「パワハラ」なのか。人材育成の風土づくりの視点から解説します。

多くの中小企業にとって、特に30代前半までの社員の定着率を上げることは重要です。この世代が5~10年後、各部署の中核を担うことになります。10~20年後には、管理職や役員として会社をリードしていくかもしれないのです。

定着率を上げるためには、人材を育成していく態勢をつくることが必要です。これらは、表裏一体であることを常に心得ておくことが必要です。

「ていねいな部下指導」か「パワハラ」か?

まず、人材育成の中心となるOJTを考えるうえで、よくも悪くも参考になる一例を挙げます。私が3か月ほどに取材した就職支援会社(正社員250人)の総務部長が行うOJTです。

この総務部長は、一部の管理職の中では「パワハラ部長」と揶揄されていました。部下数人のうち、特に20代前半の社員に念入りに仕事を教えるのですが、その姿が「パワハラ」に見えるようなのです。

たとえば、仕事の進捗管理については「今日の午前中、何をしていたの? それは午後からでいいの? まずは、この仕事を午前中にしないと......」といったように、優先順位のつけ方や時間配分を指導しています。1人の社員につき、1日5~10回ほど、こうしたやりとりがあるようです。

私も取材中に、この光景を何度か見かけました。総務部長は経験の浅い人に手取り足取り、懇切丁寧に教えているように見えました。指導されている20代前半の社員は、時々うつむいたりして口惜しそうな表情でしたが、おおむね納得しているように私には思えました。役員や社長は、この総務部長について「ていねいに教えている」「ほかの管理職はここまできちんと教えていない」と評価していました。

一方、この総務部長を「パワハラ部長」と揶揄している管理職たちは、その部下が30代前半までに次々と辞めているようでした。

人材育成について語らない経営者の罪

大きな問題が、ここにあります。社長や役員が「OJTとは何なのか」「なぜ、部下に教え込まないといけないか」を社内に向けて語っていないことです。だから、総務部長の指導が、ほかの管理職には特殊に見えるのです。

本来、社長や役員は、管理職層に部下育成の大切さを繰り返し話し、各部署でのOJTを促し、「部下を教え育てる」文化をつくるべきです。しかし、残念ながら、この事例のような中小企業は、私が取材を通じて観察する限りではとても多いように感じます。

トップの発信が人を育てる職場風土を築いている事例

その意味では、参考になる事例があります。家庭の掃除代行などを展開している企業(正社員数300人)で、社長が「名物社長」としてビジネス誌などでよく取り上げられていますが、私は、2008年にこの会社を取材しました。

この名物社長は、役員会や管理職会議、社員が集う会合、懇親会、社内報など、ことあるごとに、人材育成がいかに大切であるかを説いています。トップの考え方を受けて、役員や管理職は部下育成に力を入れています。そのせいか、社員の定着率は高く、2018年の時点では、30代前半までに辞める人は1年間でわずか2人ほどです。

「できないこと」「教えてもらいたいこと」を言い出せない

なぜ、人材育成が文化になっている会社があり、一方で教えることが「パワハラ」ととらえられ、奇異に映る会社があるのでしょうか。

私の考察では、人材育成が企業風土として定着していない会社には、そもそも互いに心を許して接することができない文化がないように思われます。ですから、ていねいな指導はパワハラと捉えられます。さらには、たとえば「自分ができないこと」「教えてもらいたいこと」、「上司として教える力をもっていないこと」、「経験がないこと」、「自分の代わりに、誰かほかの人に教えてほしいこと」を言い出せないのです。それらを口にすると、周りに軽く扱われると思い込んでいるふしがあります。実は、わからないことをそのままにしておくことや、管理職でありながら部下に教えないことのほうが、はるかに悪影響が大きいことに気づいていないのです。

相互理解を深めるための取り組み事例

半年ほど前に取材した冠婚葬祭業の会社(正社員数400人)では、毎月数回、部署単位で、社員がローテーションで「前職のこと」を3分ほどで語る取り組みをしています。この会社では中途採用者が全社員の9割以上を占めているため、前職について語り、互いのプロフィールの背景を知って相互理解を深めようとする試みです。

たとえば、「上司の指示が要領を得ないことに不満があった」「残業が月に60~70時間が多く、疲れきっていた」などと踏み込んだことを話す人もいます。聞く側の人は、質問や意見、感想を言い、みなで共有するしくみです。

この会社の人事担当役員は、「前職のことを語ることが大切」と話します。現在の職場のことでは、なかなか踏み込んだ内容を話しにくいことがあり、互いをよく知るきっかけにならないのだそうです。この話し合いは、同じ部署の社員の素顔を知ることで、率直な意見を言い合える雰囲気をつくることが狙いです。

成長実感がない職場では、若手の離職が増える

私は取材するなかで、部下に教えることが高く評価されない会社では、タテマエを語り合うものの深くは話し合わないということに気づきました。相互理解が深まらないなかでは、建設的な議論や、相手に配慮したうえでの助言や指摘も生まれてきません。社員たちは各自、無手勝流で仕事をしていますから、成長や進歩の確かな手ごたえが得られないのも当然のことです。それが、若手社員の離職にもつながっているのです。

みなさんの職場は、いかがでしょう。人を育成することが文化になっていますか?

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吉田典史(よしだ のりふみ)
1967年、岐阜県大垣市生まれ。2006年以降、フリーランスに。特に人事・労務の観点から企業を取材し、記事や本を書く。人事労務の新聞や雑誌に多数、寄稿。著書に『封印された震災死その「真相」』(世界文化社)、『震災死』『あの日、負け組社員になった...』(ダイヤモンド社)、『悶える職場』『非正社員から正社員になる!』(光文社)、『会社で落ちこぼれる人の口ぐせ 抜群に出世する人の口ぐせ』(KADOKAWA/中経出版)など。

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