ダイバーシティの推進~人的資本経営を実践する
2023年1月30日更新
2023年1月の岸田首相による施政方針演説で「人への投資」に言及があったのを受けて、「人的資本経営」が話題になる機会が増えています。そこで、人的資本経営をテーマに、今後3回にわたって、その実践方法について考察いたします。
INDEX
なお、人的資本経営の概要については下記をご覧ください。
参考記事:人的資本経営とは? そのメリットや推進方法を具体的に解説
人的資本経営とは? 開示を求められる人的資本情報
経済産業省の定義によると、人的資本経営とは「人材を『資本』として捉え、その価値を最大限に引き出すこと」とされています。そして、企業の人的資本に関する情報を有価証券報告書に記載し、ステークホルダー(利害関係者)に開示することが一部の企業に義務づけられるようになりました。(※1)。
内閣官房が2022年に発表した「人的資本可視化指針」によると、開示事項として6つの大項目が提示されています。
1.育成
2.エンゲージメント
3.流動性
4.ダイバーシティ
5.健康・安全
6.労働慣行・コンプライアンス
本稿では、6つの大項目のうち、4のダイバーシティについて、その意義と実践方法を言及したいと思います。
※1 人的資本情報の開示が義務づけられるのは、「有価証券報告書の提出義務がある企業」が対象です。また実施時期や運用ルールに関しては、金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」において議論が進められています。
なぜ、多様性が必要なのか
かつての日本企業の強みの一つに同質性がありました。
昭和の時代までは、われわれ日本人は組織の目標に向かってみんながベクトルを合わせ、その達成のためには犠牲にするものが多くても厭わずにがんばってきました。雇用管理に関しては、終身雇用・年功序列の大前提のもと、「護送船団方式」で皆が同じようなタイミングで昇進昇格していくので、「年上の部下」のような状況は生まれにくく、人間関係も良好でした。また、「職場で働くのは日本人の正社員」であり、「管理職以上は男性社員」という常識を誰もが当たり前と思っていました。
経済が右肩上がりで、目指す方向性が明確な時代は、このような同質性が大きな武器になっていたことは間違いありません。ところが、失われた20年を経た現在のVUCAの時代において、同質性は組織の活力を奪う、最大のリスク要因です。なぜならば同質性からはイノベーションが起きないからです。
逆に、異質な考え方を受け容れる組織では心理的安全性が担保されていますので、皆が自由に発言・提案し合います。会議を無理やりまとめようとせず、議論が紛糾しても良しとする文化があれば、誰もが本音を語るでしょう。つまり、多様性のある文化は、個と組織を活性化し、想像と創造を促進するのです。
参考記事:「心理的安全性」とは?「ぬるま湯組織」が若手社員の成長を阻む
デモグラフィックダイバーシティとコグニティブダイバーシティ
一般的にダイバーシティというと、性別や国籍などの多様性のことをイメージしがちです。このような、変えることのできない属性に関するダイバーシティを、「デモグラフィックダイバーシティ」と呼びます。一方、考え方やスキル属性などに関するものは、「コグニティブダイバーシティ」と呼ばれ、両者は別物として位置づけられています。
- 【2種類のダイバーシティ】
- デモグラフィックダイバーシティ:性別や国籍の多様性
- コグニティブダイバーシティ:考え方やスキル特性の多様性
昨今の研究結果から、デモグラフィックダイバーシティはイノベーションとは相関性が弱いことが明らかになりました。さらに、「思考のダイバーシティが組織のイノベーションを20%高め、リスクを30%軽減する」という研究論文(※2)が発表され、注目を集めるようになりました。こうした研究結果から言えるのは、イノベーティブな組織をつくるためには、コグニティブダイバーシティの取り組みを強化するべきであるということです。
※2 ニューサウスウェールズ大学ビジネススクール非常勤教授ジュリエット・バーク氏の調査
ダイバーシティ&インクルージョンの両立
コグニティブダイバーシティを強化するためには、組織を構成する一人ひとり、特にリーダー層の意識改革・行動変容が不可欠です。自分と相手の間にある価値観の違いを認める姿勢や、意見の相違があっても「イノベーションが起きるチャンスだ!」と受け容れる積極性を組織の責任者がもっておくことが重要です。
そのためには研修の実施も効果的ですが、「多様性を認めよう」というスローガンを掲げ、それを組織で共有し、共通言語内してしまうことも一計です。
一方でダイバーシティだけを推進すると、その反動で遠心力が強まって、組織がバラバラになる可能性があります。したがって、組織と個人を繋ぎ合わせる求心力を高める取り組みである「インクルージョン」が必要になります。
インクルージョンの実現には、組織が大切にしている価値観(経営理念、ミッション、パーパス等)と、個人がもっている価値観のすり合わせ作業が不可欠です。対話を通じて、両者の接点が見えてきたとき、個人のキャリア自律と組織へのエンゲージメントの同時強化が実現するでしょう。
人的資本経営の成功のカギは、リーダーの人間観
ここまで、人的資本経営について、ダイバーシティという観点から実践のポイントを考察してきました。具体的な方法論はもちろん必要ですが、いちばん大切なのは、人をどう見るかということです。
資源を消費する「人在」ではなく、付加価値を生み出す「人財」として、従業員や部下を見ることができるか。人的資本経営の成功のカギは、経営者やリーダーがもつ人間観にあると言っても過言ではありません。
参考記事:
PHP人材開発「人的資本経営を実践する~リーダーシップの育成」
的場正晃(まとば・まさあき)
PHP研究所 人材開発企画部部長
1990年、慶應義塾大学商学部卒業。同年PHP研究所入社、研修局に配属。以後、一貫して研修事業に携わり、普及、企画、プログラム開発、講師活動に従事。2003年神戸大学大学院経営学研究科でミッション経営の研究を行ないMBA取得。中小企業診断士。